2009年09月29日

自由電子

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数日前にブログでも書いた僕にとって初耳の言葉だけど、大体の見当はつきつつも調べる時間もなくてやっと今日wikiして判明。

 

なるほどね〜、これで長い間自分の中で不明だった「ミッシングリンク」の一つが繋がった。

 

人間同士が一緒にいるときでも気のやり取りが発生する。気が短くなったり気が違ったり気が失せたり、とにかく「気」と言う単語は人の気持ちを表現する際に様々に使われる。

 

そして大地と人の間にも気のやり取りがある。自分に合う土地とか合わない土地とか、ニュージーランドに移住する人の多くは空港に到着してすぐに「何となく」この国を好きになってしまったりする。

 

大地にはそれぞれ鉱物や土そのものや様々な原子が含まれており、人を活発にさせる「気」がある土地では少し活発すぎるくらいの人間は躁鬱のソウになってしまう。

 

逆に人を沈静化させる「気」のある土地では活発な人は心のバランスが取れて「調和」されるから心が落ち着くのだ。

 

この「気」のやりとりを科学的に証明出来るかどうかは分からないが、僕的にはこれが自由電子の存在ではないかと思う。

 

つまり中国で数千年前から広く普及している風水も、科学的に証明しようとすればこの自由電子の動きではないのかなと思う。

 

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自由電子とは、物質内を自由に動き回れる電子。金属などが持っており、電気が流れるときにはこの自由電子が物体の中を移動している。

 原子は、陽子、中性子からなる原子核と、その周りに存在する陽子と同数の電子によって構成されている。銅などの金属原子は電子を放出しやすいので、金属結晶中では、電子が回りの原子核に共有される事によって、プラスに帯電した原子核とマイナスの電荷を持つ電子が静電気力によって引き合い、原子同士が結合している。このとき、電子は金属中を自由に移動することができ、金属は「電気を通す」性質を帯びる。

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と言うのが人間同士の気の動きは別として、風水と言うのは住宅であれば植木やドアの位置を調整するだけで見違えるように流れがよくなってしまうのだ。

 

人間関係のようにどうしたって駄目!なんてのはない。おそらく人間同士で発生する「気」は自由電子のようなものではなくもうちょっと高等なものではないかと思う。

 

つまり人間の肉体やその土地に与える影響としての「気」が自由電子であり、人間の精神に影響を与えるエネルギー、時には人を発狂させるほどのエネルギーは霊的媒体であると言える。

 

僕は日本にいると気が激しく上昇してしまい、その為に普段よりも熱くなりやすい。これは精神的にも躁鬱のソウの状態であり、肉体的にも何故か普通にクーラーの効いた場所で仕事をしているのに汗が出たりする。

 

これは東京と言う土地が持つ自由電子の量の多さを示すものだろうし、その為に元々賑やかな自分が更に加速されてしまい、体に蓄積された自由電子を放電する為に汗となって放出されるのだろう。

 

僕は日本人なら殆ど同じだと思うけどお風呂が大好き。特に1時間くらいお風呂に浸かりながら本を読むのが最高の極楽なのだけど、オークランドでは結構シャワーだけでもOKな時がある。あまり疲れてないときだ。

 

けど東京ではシャワーじゃ話にならん。やっぱり完璧にお風呂に浸ってしまい、充分に汗を流しておかないと疲れが取れた気がしない。

 

そう、言葉通り、多すぎる気=多すぎる自由電子は肉体を疲れさせるのだ。だから汗を思いっきり流した後は躁鬱のソウの状態から解放されて思いっきり肉体調和が発生して心が安定するのだ。

 

そうやって汗を流した肉体に自由電子の代わりにエタノールを注入すると、これが良い具合に体内調和を作ってくれるので、こりゃもう極楽極楽。

 

科学的に肉体を調和させる方法ですから、自由電子が人を興奮させたりする効能があるとすればその正反対の人を落ち着かせる極を持つのがエタノールなのであろう。

 

あ、ちなみにエタノールとはアルコールの原料です。



tom_eastwind at 01:13│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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