2009年12月04日

民主党+コミュニケーション=革命?

ぼくがよく読むブログにsatonaoがある。

 

元々は食べ物ブログだったのだけど、食べ物本になり旅日記になり日常生活に入り込んできて、最近では日本のコミュニケーションをテーマにした本が売れてる(明日の広告、ぼくも買いました)。

 

その彼が全く個人的な繋がりで鳩山首相と二回食事をした。

 

一回目は本当に偶然らしく、たまたま首相の夕食の予定がドタキャンになったので周辺に「誰か民間で面白い人いないかな」みたいなノリで食事となったらしい。

 

突然ながらも居酒屋での会食、satonaoさんが自分の得意とするコミュニケーションデザインやインターネットが示す未来や世界のコミュニケーションの劇的変化を予測したりして、手元に何の資料もないままに「国民と政治家の距離感」の話等をしたらしい。

 

またその食事会の様子をツイッターでやったものだからあっと言う間に話が広がって、この時期のツイッターではすごいことになっていた。

 

その後、鳩山さんはけっこう彼(コミュニケーションデザインのプロです)の話が理解出来たようで、ツイッターでこんなに集客できるのかとびっくり、本気でインターネット世代の国民とのコミュニケーションの取り方を考えたのだろう、もいっかい食事と言うことになった。

 

そこで先日第二回目の食事会が開かれた。内容はsatonaoを読んで頂ければ、その時の雰囲気がお分かりだと思う。

 

けど、これ、すごくないか。一般市民ですぜ。政治のことも知らなければ役人の仕事も何も知らない、ある意味政治家から最も遠いところにいる一個人を引っ張り出してきて「食事しませんか?」とは、これは政治家としてすごい判断だ。

 

これが一昔前ならこのような立場の人間と言えば大新聞の政治部記者の定席であった。戦前の石橋湛山にしても渡辺恒雄にしても、元々は新聞記者で政治家と太いパイプで繋がり、彼らの手足となって情報を収集して報告したものである。

 

それが今の時代はネットを駆使するブロガーなのだから、これまたマスコミからしたら恥ずかしくて書けないような内容である。記者からすれば「ぼく、首相に役立たずって言われちゃいました」なのだから。

 

しかしまあ、政治家とインターネットですぜ。それもペーペーの陣笠議員ではなく現役の首相が直接国民との対話を考えて、その道の最高のプロから直接ツイッターやSNSなどの「道具」を使って、それぞれの道具の使い方も説明を受けて、鳩山さんが「やろう、やる」って言ったことだ。

 

政治が密室から外に出てきて、国民が政治を身近なものに感じれば、これは革命ですよ。戦後どころか江戸時代から続いて来た「国民は依らしむべし、知らしむべかざり」政策が、根本から引っくり返るのだ。

 

民はお上の言うことだけを聞いてお上を頼りにして、お上は民に何も教えずに「黙ってついてこい、そしたら問題ないから」とやってきた統治体制が、400年続いた統治体制が、これからは「国民に知らしむべし、お互いに直接情報発信をするべし」と言ってるのだ。

 

これがどんなことになるかって言えば、日本に初めて開かれた民主主義が表れてくるってことだ。

 

政治家と国民が直接結びつき、痛みも喜びも共有して、彼らの中間でお互いをバカ扱いして既得権益でうごめいてた人たちを排除しようとしているのだから、ほんとに実現したら大変なことになる。

 

今までは政治家の発言だって結局はマスコミの都合で思いっきり偏向されて報道されてたから国民には何が本当か分からなかった。それに政治家を潰す為に官僚が偽情報を流す事もしょっちゅう。けど政治家はソレに対して反論する場所を持たなかったし、国民は知る機会もなかった。

 

だから国民は「天下のxx新聞が書くのだから、まさか嘘はないだろう」ってのが当たり前になっていたけど、これからインターネットを使って直接政治家が国民に向って説明をするとなったら、今までのマスコミと官僚のバイアスが一切かからない、政治家の声が直接聞こえるようになる。

 

そんなん、テレビで政治家が出てやってるじゃんと言うが、あれでも殆どの番組は編集された後の報道であり偏向されている。唯一変更がないのは生番組だけど、この場合は必ず反論する人や司会が止めに入って問題をはぐらかせてた。

 

国民と政治家の直接会話、これが実現するようになれば、国民は政治家の本音が聞けるし、政治家は国民の本音が聞ける。そうなれば途中にあった「中間業者」が既得権益を振るう事も出来なくなる。

 

記事の一部を抜粋します。

 

★抜粋開始

提言というのは、昨日も書いたが、国民と政治の距離を近くするためのソーシャルメディアの活用について、である。


ブログ、ユーチューブ、SNS、ツイッターなどのソーシャルメディアを活用して、いかに国民とコミュニケーションをとっていくべきか。その延長線上に政治不信や政治への無気力感などの払拭の可能性があるのではないか。そんな話をさせていただいた。

 

忙しい首相の時間をいただいたので、単なる飲み会だった前回とは異なり、昨日はかなりちゃんと準備をしていった。企画書にして25枚、別添資料50枚超。食事の席なのでカジュアルな形ではあるが、きちんとお伝えできたと思う。特にここ10年の生活者(特に203040代)の変化やネットの普及による「トップダウンからボトムアップへの変化」「to People から with People への変化」を丁寧に。ここが今回特にお伝えしたかったところ。

     抜粋終了

 

ただそうなると大変なのは国民ですよ。

 

一般国民に「お前もここ坐ってみろ、どれだけ大変か分かるから」みたいなノリで始めた裁判員制度であるが、これで国民も今まで「政府にお任せ」だったのが、じぶんデモ社会の治安を担当する裁判と言う場所で判決責任の一端を抱えることになったのだから、自己責任が発生するわけだ。

 

これと同じで今後政治家がコミュニケーションを取ろうとして個人に意見を求めてきたら、国民は自己責任と自己の知識の中で何らかの回答をしなければならない。今までのようにぼけ〜っとして「ぼく、知らないもん」では通らなくなるのだ。

 

時代は益々加速していく。意識して付いていかないと、本当にあっと言う間に追い抜かれてしまう。

 

民主党の動きにはまだまだ不明な点も多いし、振り子の針が反対側に飛び出していく可能性もあるから手放しでは見てられないけど、それにしても“to People から with People へ”、今年から来年は政治が面白くなりそうだ。



tom_eastwind at 11:25│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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