2009年12月18日

シリピン

77c98d5d.JPGコミュニケーションツールとしての英語

英語に100点はない。学校のテストの時だけ100点があるけど現実世界では「これが100点の英語」なんて存在しない。

移住を目指す人は一般的な日本人よりもリスクを取って行動する人々であると言うのは、これは分かり易い。つまり変化を嫌う一般的な日本人よりは危機感が高いという証拠であろう。

でもって危機感を持って生きる人ってのはそれなりに勉強もしているから優秀であるのも当然。

けど、その優秀な人々でも必ず口に出すのが「英語、難しいですね〜、あの人、何て言ってるのかさっぱり分かりません」とあきらめ顔で言う。

でもってその話(状況)を聞いてみるとけっこう「そんな事ありませんって、悪いのは相手です」ってケースが目立つ。

例えばスーパーでの買い物。レジのおばさんに何か言われて、言った本人はけらけら笑ってる状況。これ、彼らは本当に俗語で話しますし、何よりおしゃべりがdaisukiで、もっと言えばそのおしゃべりには99%くらい無意味で無理論で現状とは全然関係ない話だったりする。

だからいくらこっちがその状況下(普通に買い物してレジにいる)で起こりえるさまざまなテーマを考えても、どうしても今このおばさんが話している単語と繋がらない。

さらに発音。中国系はある程度聞き取れてもインド系の発音は、ありゃほんとに分からん。でもって「インド人様の発音を聞き取れないのはお前が英語を分からないのだ」見下すような態度で同じ発音で同じ文章を繰り返すから、やっぱり分からん。

これはキーウィでさえ同じ。人種に関係なく一般的に知能の低い人になればなるほど、言葉とはコミュニケーション、意思疎通の手段であって英語が話せる事だけでは何の意味もないと言うことに気づかない。

だから相手が英語が下手だと妙に優越感を持って上から目線で偉そうに話をする。

ほら、そんなのは日本でもいくらでもいるでしょ。外国から来た語学留学生に対して偉そうにどーのこーのと日本語で話す奴。

それとか相手があなたの話を理解していないのを理解出来ずに一生懸命同じ文章で同じ内容を繰り返す奴。

何処の国でもばかは付き物で、まあ国家のゴミとでも言うか仕方のない存在なのだけど、そのような低層人種が使ってる英語をまともに理解しようとするから疲れるのだ。

この国でまともに生きていこうと思ったら、やはり基本はテレビや新聞で使っている単語をきちんと学ぶ事だし、ちゃんとした家庭で育った人々ときちんとした話をする事だ。そしたら、びっくりするほど彼らの言ってる事が分かる。

だって彼らは言葉がツールであることを理解しているから一つの言い方で相手が理解しなければ他の言い方で使い分ける事が出来るからだ。

また、発音をするにしてもAをエーと発音して、決してAをアイとは言わない。標準語とべらんめーの違いだ。

東京でも下町に行けばおじさんやおばさんが「いやさ、この前、シリピンに行ったのよ〜」と言うけど、標準語ではフィリピンである。

下町の友達同士ならシリピンでも良いが中国から来た留学生がシリピンなんて聞いても意味不明である。なので相手にあわせて使い分けるだけで意思疎通が出来るようになるのだ。

まあ何にしても、相手の言ってることが分からないのは日本人同士でもよくあることです。ましてや国も宗教も違うんだから、100人のうち5人くらいの言ってることが分からなくても、いちいち真剣に考える必要なしってことです。


★写真の付け方は分かったけど文字サイズはまだ変更できません。やばし、です。



tom_eastwind at 19:59│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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