2010年01月03日

金沢初日

1cc3d027.jpg早朝6時30分に博多ウエストでうどんを食ってから金沢に向けて出発。それにしてもチェーン店でありながらウエストのうどんはやっぱり美味しい。

ホテルに泊まっていながらホテルの朝ごはん食べずに結局3日間続けてウエストでうどんの朝食を食ったくらいだから。

それも初日は僕が連れて行ったのだけど残りの二日間は家族が「朝ごはんはここ!」って決めてしまったのだ。海老肉うどんにおでんのスジを追加していなりやかしわご飯も注文して、それにしてもよく食べた。

こんな朝早くにチェーン店でうどん食ってから旅立った先は北陸の金沢。目的はカニ食い。

これがジャパンレールパスの良い点で、日本中何処でも乗り放題なので、博多の屋台を楽しんだ翌日は金沢で兼六園や冬の名物カニを楽しむ事が出来る。

約5時間の旅で金沢に着くとホテルにチェックインして早速カニ探し。なにせ1月2日なのでどこにカニが食えるか分からない。そこでホテルの人に聞くと、正月三が日に和服を着てサービスしてくれるコンシェルジェに地元の店を紹介してもらった。

最初は遠慮がちに紹介してて「タクシーで25分くらいかかりますが・・・」とか言ってたので、つまりかなり美味しいけど観光客が行くと「あれ?ここ、ジモティ向けジャン」と思われることを気にしたのかな、もっと上品な御茶屋とか割烹を期待していかれると、そりゃ違いますよってことなのだろうけど、じゃあ何でそんな紹介をするかって言うとやっぱり美味しいからってループなんでないか。

お、穴場じゃん、行かなきゃ、失敗したらその時と思いながらお店の場所を聞く。通常の座席は一杯でカウンターしか開いてなくて、カウンターは予約制ではないって言われて、さらに「普通の夕方だとまず座れませんよ」みたいなことを言われたので、遅い昼ごはんを終わらせたばかりなんだけど、そのままお店に向けて出発。

タクシーはお店の名前を言うと一発で「あ、あそこですね」。かなり有名なんだ。港に向けて走り、本当に港の中にまで車を乗り入れて、ちょっとどきどきしてたら港の反対側の古い通り、車がやっと離合できるかどうかってくらいのとこに古いたたずまいのお店があった。

時計は午後5時になってて、日が落ちたお店のガラスの引き戸をがらがらって開けて土間に入り、さらにもう一回ガラスの引き戸をがらがらってやって、これでやっと大きなカウンターのあるお店に入店。

「らっしゃい!」威勢の良い声でカウンターの料理人さんからあいさつ。お、気持ちよいですね、それにしても高い天井と言い古い木造と言い、そして先客の楽しく飲み食いしている姿を見ると、おお、良い感じである。

うちの家族は高級な雰囲気よりもむしろ家庭的でプロのサービスを好むので、こういう店だと着たい出来るかも。

博多の花山は常連だらけのお店であるが、ここ金沢のお寿司屋さん「宝生寿し」も同じような状況。てか、日本の田舎ってのはこうやって社会が作られているのではないかと思う。

1月2日の夕方の5時だってのに次々と常連さんが家族でやってきてお店の人に向ってにこっと笑い軽く腰を曲げて「今年もよろしくお願いします」から「今年もよろしゅう!」まで、それぞれの社会的地位、てかそのお店の中での階級に応じて挨拶し、お店の人も返礼をしながら「はい!何番テーブルへどうぞ!」とか「おう!今年もよろしくね!」とか、これって地域社会の世代を超えた繋がりだな。

地域社会の集会場、ではあるが、食い物が非常にうまい。博多花山も素晴らしく美味しい焼鳥やたいではあるが、ここは料理屋でありサシミ魚を食わせてくれるが、どれも「ほんとに1月2日?どこで魚獲って来たの?」と思わせるほどだ。

聞いてみると元々漁師のお店であり漁船を持ってたそうで、お店は魚を直販するための場所として作ったそうだ。昭和中期、いい時代ですね。

お店の大将に「どっから来たの?え?ニュージーランド?そうかい、最近は観光のお客さんもガイドブック片手に来るようになってんだよね」と話してくれた。

怖そうな顔だし何となく態度もぶきっちょだけど、田舎の人独特の「あれくいなこれくいな」ってちょっと押し付けるくらいの親切さが素直に伝わる。

いいよな、こうやって生まれた街で地元の友達とずっと過ごして生まれた街で料理屋をやって、食事に来るのも地元の人間で、一つの完全循環している社会の中で自分の立ち位置を持って自信を持って生きてる人。

彼からすればこの港以外の世界はせいぜい金沢市内くらいだろうし、東京なんて興味もない、ましてや海外なんて想像もつかない、そんな感じなんだろな。

こういう人は都会の人がぼくら家族に向って「ええ!海外に住んでるんですか、いいですよね〜、ええ!英語も出来るんですか、すごいですね!」みたいなことは一切言わない。

だって自分の住む地域社会で充分満足して生活をしているんだし、他人の生活を尊重することはあっても羨ましがる必要はない。

博多の花山の大将もそうだったけど、ここの大将もからっとした自信を持ってて堂々としている。彼らにとっては為替がどうなのか、米国や中国がどうするか、政府がどう仕掛けてくるのか、なんてのはどうでも良い。

毎日一生懸命働いていれば間違いはない、そう信じて生きてるんだと思う。

だよね、どんな時代でも真面目に一生懸命地元社会の中で自分の立ち位置をきっちりと理解して生活をしていれば、いつの時代でも生きていけるんだよね。

「博多花山」についでこの「宝生寿し」、新鮮な料理ときっちりとした職人さんの腕で、これでお父さん、家族にまたちょっとクレジットポイント取れたかも。



tom_eastwind at 02:16│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔