2010年01月05日

金沢 五郎八と日本の将来

44baf09c.金沢3日目 五郎八

昨日の夜はホテルの人に居酒屋を案内してもらった。これも居酒屋と言いながらタクシーの運転手さんにお店の名前「五郎八へお願いします」と言っただけで「あ、あそこですね、はい」と一発だ。

金沢の地名は通称と実際の名称が違うのかな、カタマチですよねといわれたが僕の手元の紙には違う住所が書いてあった。「あ、だいじょうぶです、わかりますから」って、ふーん。そういえば街の案内で金沢は最近古い住所を使うようになりましたみたいな事を書いてた気がする。

最初は大通りだったのが、途中から古い裏通りに入り、車の離合が出来ない細い道に積もった雪をタクシーが掻き分けていく。そうやって細い路地にタクシーを横付けしてくれたお店(当然後ろの車は待つしかない)は、いつの時代から営業しているんですか?と思うほど、良い意味の古い造り。

1階51席2階36席とちっちゃなお店でありながらぼくらが到着した6時には満席で、それでもお店の人に「お煙草すわれないんですよね、申し訳ないです、うちは禁煙席はないんですけど、1階の一番奥の仕切りのあるお席ですから、ゆっくりしていってください」と一見のぼくらを丁寧に扱ってくれる。

これだけ流行っている店なら別に金沢ANAホテルから紹介された個人客をいちいち相手にしなくてもと思うのだけど、そこがやっぱり金沢なのか。

こういうのって、本当に両刃の剣。観光客は民間大使ってよく言うけれど、こういうちょっとしたサービスが外国から来たお客を喜ばせてくれて、彼らが自分の故郷に帰ると「おい、あそこ、すんごくよかったぞ」と口コミで広がってくる。

そしてもし逆にこのお店が観光客を粗雑に扱えば・・・。

勿論お店の人はそんな事考えてないだろう。昔から旅人を大事にするおもてなしの気持ちが自然に出てくるのだろうと思う。外国人だからとかじゃない、だって僕は日本語名で予約をしたんだから。

そういえばこういう言葉がある。「あなたのような常連には無理言えるけど、一見さんには楽しんでもらいたいものね」

21世紀の最大の広告ツールは口コミであるし、観光客を増やしていこうとすればこの長い歴史を持つ金沢ってのは他の街よりも一歩先を行ってるのではないかって思わせた。

同じような日本海沿いの江戸時代から続く古い街でも、2年前にやはり家族で訪れた函館は本当に昼間から人がいなかった。明治時代は東京を抜く文明開化の街だったと言われているし昭和初期も北方漁業の中心地として栄えた。

たくさんの観光要素を持ちながらもそれを活かしきれず、函館で一番歴史のあるホテルが全館喫煙でありいまだもって老人が支配している街であり、あれじゃ外国人来ないでしょって印象だったのを覚えている。

この晩に食べた料理、はっきり言って驚異的。何故ならこっちは全くの素人でありメニューのどれが美味しいかなんて分からないから適当に好きな食材を注文しただけなんだけど、出てくる料理すべてがもう見事。ありえないくらいに見事。

一体なんでこんなことが出来るのか?てことは、すべてのメニューが美味いってことか?そういうことじゃんか!すごいな〜。ただただ感激。

今までの店も花山も含めてすべてよかったけど、とくに今日のこの店、奥さんが「来年もここに食べにくるよ」って言わせるほどだった。

彼女は東京からここまでJRで6時間かかることを理解した上で、ただこの店で食う為だけに来ても良いと言ってるのだからその評価の高さが分かるというものだ。

子供二人も、普段はこういう「上品系」はあまり食べないのだが、りょうまくんなんか全然そんなの関係ねーって顔つきで「香箱かに」に齧りついて、食べ終わったかにの足の一本一本を更に口に入れてチューチューしてたくらいだ。

素晴らしいな、金沢。

でもって、ここ金沢で過ごしながら一つヒントが浮かんだ。日本の将来に明るい光が見えたのである。

それは政府が今後重点的に観光産業を伸ばしていこうと言う話である。

続きは明日。



tom_eastwind at 16:07│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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