2010年01月08日

統計と例外について オークランドスカイ

8d9822e6.JPGお、地震か? 13:10頃。
なんか少しぐらっとしたぞ。
地震独特の、地面全体が下から突きあがってくる、ぐらってする感覚。立って歩いてて少し体が押されたように右や左に動くあれ、ではない。

あれ、は酔ったという。そしてぼくはまだ酒を飲んでないので、これは千鳥足現象ではない。


少なくとも僕はその時ソファの一番好きな場所に腰掛けて膝の上にパソコン乗せていろんな事してたらぐらっときたのだから歩いてないので、千鳥足ではないぞ。

早速ニュージーランドヘラルドのサイトを見るが何も出てないので、もしかしたら家が建ってる場所の地すべりかな?あれ、けど家は台の上に乗っかっているのでそんなこともないよなって思ったり。

今日はそとは強い風と殴りつけるような大雨で、13;00には街の電気が全部消えた。

電気がすーっと引くように消えたので、おお、また停電ですかいと思ってたそのすぐ後だから、地震と雷が一緒に来て丁度火事はセントルークスで発生して親父はおれだから、お、日本の標語は全部そろったじゃんとか思わず一人でにやにやしながら、それでもパソコンは優秀なレッツノートなので作動環境に問題なく、バッテリーはあと5時間は持つので、まあこのまま仕事でもいいや。

電気はそれから30分ほどで回復した。家全体がウイーンと低い音を発生して自宅備え付けのデスクトップを見ると点灯したので気付いた。

それから1時間もするとまたも晴天のオークランドスカイ。ほんっと、ここは南国ですか?

自然に一番近い都会、それがオークランド、なんて言ってしまえば格好いいけど、要するにインフラ整備は日本ほどに整ってなく、ある意味自然に任せて生きている街ってのか。

まあいいや、いずれにしても今日も朝7時に起きてばりばり仕事モードである。一人暮らしの良さってのはいろいろあるんだろうけど、ぼくからすれば家族といないから起きてすぐ仕事モードに入れることだ。

もちろんこれには欠点がある。家族がいないから寂しくて、時々日本に電話したりする。けどそういう時に限って奥さんも娘もケータイに出ない。自宅へビデオコールしても返事なし。

連絡しなければいいのに連絡したもんだから、ついつい気になる。これが少しいらいらする理由、かな。

けど純粋に仕事だけ見れば、ぼくの好きな仕事のスタイルってのは朝型である。

ぼくにとって一番仕事が進むのは、朝、目が覚めてベッドの中にいる時間だ。まったく体を動かさずに目を閉じて脳みそだけで頭の中にある情報を一つづつ整理していく。そのときは極力メモを取らない。なぜならかなり記憶に残るからだ。

でもって昨晩はいくら考えても分からなかったようなことが、今朝になって考えてみると実にどんどんアイデアが出てきて頭の中で解決してたりするから、こりゃ良い。

でもってベッドを出るとすぐにお湯を沸かしてパソコンのスイッチを入れて「今日やることリスト」の作成と処理についてポイントを整理しておく。

湧いたお湯でウーロン茶を作り(お茶葉はいつも香港で買っている)、熱いお茶を片手に今度はそれぞの案件を具体的に詳細を入れて時系列に組み立てていく。紅茶でも良いのだけど砂糖もミルクも合わないのでまっすぐ。

こうすると朝の2時間、つまり普段は6時00分に起きて8時30分に自宅を出るまでの時間が貴重だと言うのが分かる。

最後の30分くらいで軽く空腹を抑えるための朝ごはん食べてもいいし、調子の良い時は朝飯抜きでも良い。その時はそのまま紅茶をまっすぐで何杯も飲みながらお昼まで仕事して朝食兼昼食となる。

こうなると栄養研究家とかからすれば「不健康!」とかなるのだけど、実際問題として夜に物事を考えても良い結論は出ない。考え事や問題解決は朝に限る。午後だってもう遅い。

そして現実にこうやって健康に生きているのだから、多くの人間の統計結果である医療や栄養バランスの常識をぼくに適用する事自体がすでに間違っていることに気付いてほしい(笑)(笑)(もちろん冗談ですよ)。統計には、そこに出てこない例外が常に存在する。

明治時代の超能力者は食事をせず排泄をせず留置所の中でも常に身奇麗でさっぱりであり、法廷では空っぽのガラス瓶に周囲の水を一気に送り込み満タンにさせたという。これを医学で証明出来ますか?

そう考えると、たかが一生の間ほとんど野菜を食べないとか大体食事自体殆ど食べないし酒は毎晩飲んでるとか朝飯はインスタントラーメンネギ抜きとか時には一日一食とか、先週成田から戻ってくるときは約24時間まったく食事を摂らなかったとか、そんなの常識の範囲内ではないですか(笑)?

要するに結果論として自分の体に何が合っているかを自分自身で把握しているかって事だと思う。

他人がやってる健康法だから自分が健康になるなんてあり得ない非科学的理論だし、誰よりも自分の体は自分が一番分かってて、それで自分の体の内なる声に常に耳を傾けながら生活をすれば、それこそ体内に宿る魂と肉体が共鳴して素晴らしい健康体になるのだし、だから死ぬまで生きていられる(当然か、あははは?)

半分冗談みたいな話は、ここで閑話休題。

はっきり言えば考え事をする時の最大の敵は眠気とネガティブである。

飯を食えば眠くなるのは誰でも知っている。胃袋が体の中心となって脳みそが酸欠状態で眠くなるからどしようもない。

眠気に襲われた午後であり、午前中に理論的に考える脳を使用して休憩が必要なときってのはダブル脳みそが疲れているんだから、あまり考え事をしても選択肢が出てこない。

更に夜ってのは、その空気が作り出してしまうのか、とにかく考えることが負の方向に向いてしまう。

だから結果的に朝、それも午前中に一気に仕事を処理してしまうのがぼくにとっては一番良い仕事方法である。

そんな自己満足的理論で本を読んでたら、外山滋比古という大学の先生が1983年に出した本に「思考の整理学」と言うのを見つけた。

読んでみると面白い。HeyBaby!って感じで、ぼくと同じような朝の過ごし方をしているではないか、この人。

同じ事を大学のセンセーがやれば本にもなるのに、おれがやったら異端者だもんね、全く。

まあいいや、今日も朝から頑張って仕事して、午後からは雑務や作業をやって、夜は読書したり映画観たりの世界に浸ります。

てか、この映画、絶対に家族と一緒に観れないので(??)、一人暮らししている今月のうちに見ておかなくちゃ。





tom_eastwind at 17:30│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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