2010年01月16日

小沢問題

15cd8800.jpg河野太郎を個人的に評価する。

小沢幹事長問題で検察が動いている。民主党が野党だった時代にも小沢さんは叩かれた。

どう見てもこれは検察による政治への圧力である。

まず法律は誰にでも平等であるべきだ。つまり小沢が裁かれるなら他のもっと悪い事をした人間は裁かれねばならない。

ところが今回の検察がやっているのは、実質的には非常に小さな微罪を出来るだけ大きくして民主党の小沢を叩くという手法である。

小沢が賄賂を貰ってた?当然でしょ、自民党時代から政権の中枢にいて田中角栄の下でやってたんだから。

しかし政治家が一般民間人のように金儲けをしているのか?小沢の豪邸はあるのか?彼が民間でビジネスをしてればもっと大きな家を買えただろう。

お歳暮やお中元の習慣があるこの国で、「付け届け」をしないとそれだけで「礼儀知らず」と言われるこの国で、一体誰が小沢を攻めることが出来るのか?

誰しもお世話になった人に何がしかの「付け届け」をするのが常識の国で、何を一部だけ取り上げてどうのこうの言ってるのか?

この問題は目先のちっちゃな賄賂やどうこうの問題ではなく、日本の政治が現実的にどうあるべきかというところだ。

今小沢の首を取れば自民党や民主党の反小沢は目先で勝つかもしれない。しかし日本が抱える大きな根本的な問題は、これでまた先送りされるのだ。

日本の問題は根深い。400年の時間をかけて作られた「民衆はばかのままで放置、お上を単純に信じさせる」仕組みがつい最近までは無事に稼働していた。

しかしもうその仕組みは通用しない。その中で何かを壊しながら改革していくしかない。そして残念と言うべきか、それは体制を非常によく理解している小沢にしか出来ない。

彼を今ここで切れば反小沢や表面だけ飾りたがる一般国民は幸せだろう。しかし、法律自体が間違っている時に法律に違反したからって小沢の首を切るのは、今の日本にとって最悪の選択である。

生きるってのは清濁併せ呑むことだ。小沢がいなくなってハトカンや岡田、前原でやれるのか?やれるだろ、間違いなく。けどその為にまた数年日本が時代から遅れるのだ。

今のこの遅れは痛いよ。あとになって取り返しがつかない事になるよ。

ニュージーランドでは国民党がジョン・キーを党首として選挙で戦い勝利した。

その時の国民の気分としては「ジョン・キーは今回の金融危機を引き起こした時の一番の悪人だ。だから彼ならどうすれば金融危機をどう切り抜けられるか分かっているのだ」的なところもあった。

小沢に善人格的な要求をするのであれば、国民は自分の胸に手を当てて考えるべきだ。自分は一度でも付け届けをしたことがないのか?

そう思いながら河野太郎のブログを読むと、せっかくの政敵の小沢に対してあまり批判的なことを書いてない。

そうだよな、敵失で点を取る事を嫌うニホンジンである。これが王道だよな。

ここで変な批判をしないで欲しい。小沢が法律違反をしたのにかばうのは、まるで泥棒にも三分の利があるのはおかしいでしょ、とか。

泥棒にも三分の利がある。法律が間違っている場合だ。そして今の日本は間違いなく小沢がいることで少しでも政治的には良い方向に向っている。(経済的には無茶苦茶だけど)

ここであと数年、小沢に任せてみようという国民の判断が欲しい。それから河野太郎に任せていけば、国としてのバランスが取れるのではないかと思う。


tom_eastwind at 13:32│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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