2010年01月19日

外国人選挙権の問題

小沢ネタでいろいろ見ていくと、どうも今回は「永住外国人の日本での選挙権付与」に砲火が集中しているようだ。

これ、このネタだけで10冊以上の本が出るくらいのネタである。短い文章のブログで表せるものではない。

けどまあ、突き詰めて言えば、日本が鎖国をするのか開国をするのか、この選択である。

開国はするけど選挙権は与えませんと言うのは公平な社会とはいえない。鎖国なら選挙権なくても文句もない。

こういう、国家とは何かって問題を戦後一度もきちんと整理しないままに来た今の日本で、永住外国人の選挙権って、まるで黒船なんだろな。

今になってこの問題を議論している人に聞きたい。あなた達は日本が開国してすでに100年以上経つのに国家とは何かと一度でも考えた事がなかったのか?

そして世界を回っていろんな国を見てその国の法制度や社会制度を見たのか?

そういう基礎的な知識なしにいきなり黒船が来てびっくりしているってのは、日頃の勉強不足の表れである。

日本は鎖国をするのかしないのか?すべてはここだ。苦しくても鎖国をする、そういう国民が半数以上いるなら外国人選挙権など不要である。

ただ、都合の良いところだけはガイコクから貰っておいて都合の悪いところは「うちは別ですから」なんて、今の世界では通りませんぜ。

すべての問題に権利と義務はある。

ぼくは海外で20年ちょっと生活をして香港、NZの永住権を持ち、NZでは国政、地方選挙に参加している。

つまり、あなたたちの言う「永住外国人」であるが、この国では誰が国民かと言えば、実態としてそこに住んでいる個人である。

肌の色でも生まれでもなく、個人なのだ。

そしてうちの子供は国籍を3つ持っている。誰か教えて欲しい、うちの子供は何人だ?日本の国籍があれば日本人なのか?

よく考えて欲しい、すでに時代は変わっているのだ、人を肌の色や親の出身地で決めること自体が時代遅れだと何故分からない?

実はあなたたちがやっている事が人種差別なのだ。

では聞きたい。北海道のニセコのオーストラリア人村は外国人誘致として評価されるけど、対馬の土地を韓国人が買ったら侵略ですか?

悪いけどはっきり言えば、あなた達は今まで何の勉強もせずに怠惰を楽しみ、いきなり現実が目の前に来てびっくりしているだけだ。冷静に世界を眺めれば、実は一番大事なのはその国で一生懸命働いて国造りに協力してくれる「個人」なんだってこと。

では聞きたい。日本がバブルの頃、労働者不足でブラジルから多くの労働者が「日本人だから」って事でやってきた。彼らは真面目に働いてきた。ところが日本側の都合で首切り。

彼らは使い捨ての労働者なのか、それともニホンジンなのか?呼び寄せるときは「ニホンジンだから」と言っておいて、都合が悪くなれば「短期労働者」ですか。彼らのニホンジンとしての権利は守られらないのか?それこそご都合主義である。

では聞きたい。もしブラジル人が静岡のある地域に集中してそこで自分たちの利益代表を市議会に送り込んだとすれば、それは怖いか?

では聞きたい。在日とか言いながら、では創価学会が本気を出してどこか一つの地域に集中して住んで、その町を創価学会信者にして、彼らの好きな法案を作った場合、これは「日本人だから」OKなのか?

要するに発想が一段階なのだ。選挙権を与えると侵略される⇒怖い⇒反対、である。

そうやって多くの東南アジア諸国が結果的に白人に侵略されたのを忘れたのか?

むしろ外国人がどこか一箇所の街に集中してすみそうになれば、そこにニホンジンが更に追加して住めば良いではないか。

また、永住権発給許可数のバランスを調整すれば、どこか一つの都市で外国人が政治を乗っ取れることなんてあり得ない。

まあ、絶対にないとは言えないな、日本人が何も考えなかったらそういうことも起こるかもしれない。けどそれは結局民度の問題である。

ほんと、この話をすれば長いのだけど、ぼくがこの法案に賛成なのは、すでにニュージーランドや香港で「ガイジン」側として経験してて、こんなもん、永住権許可とか永住権剥奪とかDiversity法案とかを入れることでいくらでも調整は可能である事を知っているからだ。

例えば人口10万人の市で5万人が外国人になったとして議席が10ある場合、最初から10議席のうち7までは日本国籍専用にするとか、一票の重さを調整する方法である。

選挙権反対派に言いたい、そんなに心配するなって。今、日本は開国か鎖国かの瀬戸際にいる。けど日本は結局いつの時代も生き残ってきた。


普通に考えて欲しい、なぜ有史以来この国が常に勝ち組でい続けたかを。こんなもんを偶然と言うなら言ってみろ。

世の中に偶然などありはしない。それは日本がどれだけガイコクからいろんなものが流れ込んできても、それを吸収して自分のものにする力があったからであり、外敵が来れば団結して戦うDNAがあるからだ。

無条件に他人を信じる国民性、とでも言うか。

ここでびびる人に二つ言いたい。

一つは、選挙権だけではたいした問題にならない、問題は永住権発給などの実務であり、ここを間違えない限り失敗はしないってこと。

もう一つは、あなたたち、自分の方が数が多いのに、少数の人々に入ってこられそうだってだけでびびってるの?嫌ならたたき出せ。または相手をこっちのペースに引き込め。

そんなことも出来ずにまるで江戸時代のお公家のようにきゃーきゃー言ってるだけでは、それこそ外国人になめられるだけだ。

毅然と隣人を迎え入れようではないか。公平の姿勢で彼らと協同してよい街をつくろうではないか。こちらはホーム、相手はアウェーである。大丈夫、ニホンジンの逞しさを信じて欲しい。

それよりは今の日本に必要なのは、何よりも国際化である。この法律を通す事で日本と中国の関係が良くなり、日本・中国・米国のバランスが取れるようになれば、それが一番ではないか。

1985年、ニュージーランドでロジャーズ号事件ってのがあった。

当時、豪州NZ米国はANZUSという安保協定を結んでいたが、NZは非核三原則の国である。

そこにしゃあしゃあと米国のロジャース号と言う核搭載艦がやってきた。NZは聞いた。「核は積んでますか?」アメリカは答えた「No Comment」 OK,それなら出て行ってくれと追い出したのだ。

それ以降約6年にわたって実質的にNZと米国の外交関係は途絶えた。しかし国民はNZ政府を支持した。それが国家でしょ、国民でしょ。

隣人との付き合いは仲良く、しかし相手が嘘を言うようなら自分の庭から毅然とたたき出す。それだけの勇気があれば良いだけのことだ。

ほんとはもっと書く事があるけど、これで簡単な答えになってればと思います。何の推敲もなしにそのまま思いついたことを書き込んでるだけなので、乱文失礼。

tom_eastwind at 20:33│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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