2010年03月29日

企業内特殊技能

池田信夫の新作「使える経済書100冊」の序文より抜粋。

「日本航空でさえ破綻する時代に、あなたの勤務している会社が定年まで存在する保証はどこにもない。いくら会社に忠誠を尽くしても、「企業特殊的技能」は会社がなくなったら何の価値もない。最後に頼れるのは、自分の専門知識だけである。」

まさにそのとおりなのだけど、そのとおりと思ってない、つまり企業内特殊技能が世界の何処でも通用すると思っている人の多い事にはびっくりする。とくにそれを実感するのは東京で行う説明会や個人面談の時である。

とくにこういう思い込みの強い人々をぼくの経験であげてみると、まずは超大手企業で働く超一流大学卒業の人々である。

社員数万人の会社ってのは使用する稟議書から契約書から社内ネット環境、ビジネススタイルまですべて自前で作るから「その企業だけのやり方」ってのがあって、学生からいきなりそういう企業に入ってしまうと純粋培養で成長してしまうから、世の中にはもっと違う現実も存在すると言うことが理解出来なくなる。

彼らは子供の頃から優秀な親に毎日のように「隣のxxちゃんに負けちゃだめよ、いいわね、人生で失敗したら渋谷駅でござの上に寝てるおじさんみたいになるのよ」と教え込まれ、とにかく試験に通る為だけの勉強をしてきてる。

親に言われる事をそのまま真実と思い込んでそれ以外に一切の疑問を持たないまま大人になるから、何かを疑うと言うことがない。

自分が歩いてきた道が、実は世界標準からすれば異常であり日本国内の、それも今と言う時代でしか通用しない特殊技能だということを理解出来ないままに社会に参加して社内結婚しているもんだからますます世間の常識から外れていく。

まあ常識はずれと言うよりもある意味むちゃくちゃ純粋で自分の生きてる世界だけが世の中のすべてと思っているから、当社の説明会に来た人で「何でそんなに言われなくちゃいけないんだ、プライド捨てるとか収入激減とか、おれがそうなるわけないだろう!」と内心怒って帰る人もいるのも事実。

何故なら説明会では参加者が聞きたくない「移住失敗話」もするんだけど、その時には当然「何で失敗するの?」と言う質問が出てくる。

大体において移住してもうまくいかない原因は、日本企業にいた時のような「卒業した大学や以前の企業の看板、肩書きが通用して誰も尊敬してくれるし褒めてもくれる」ことを期待して地元の人々と接しても誰もそんなのを聞きもしないし、知ったところで「あ、そ、ところでちゃんとごみ出ししてる?」である。ここでプライドが傷付けられてしまい、今までの人生でそんなことなんて一度もなかったから挫折してしまうのだ。

また日本向けには「ぼくの会社なんて日本の誰も知らないし、収入が激減して日本の友達や家族に恥ずかしくて言えない」のもある。

日本の会社の元同僚からは「大企業に残れば地位と収入が保証されていたのにそんな聞いた事もないちっちゃな会社で働いてるって言うし、聞いたら給料も半分以下じゃないか、あいつ、やっぱりルーザーだよ」と思われることを知っているからだ。

ここで本人の忍耐力が大事となるのだけど、説明会でこの点を細かく説明して「それでもあなたは移住しますか?我慢出来ますか?」と聞くのだ。果たしてあなたは今までの社会的地位と収入を捨ててでもニュージーランドの生活が出来ますか?

ニュージーランドにおいては誰も会社の肩書きで付き合いはしないし、転職が当然の社会では肩書きよりも本人の専門能力が評価される。会社にいるだけでは誰も評価してくれないのだ。

その専門能力というのもほんとの意味で専門であり例えば金融と言えば稟議書を書くことではなくいかにして資金を有効活用するか、その為に自分が学校で学んだファンドの作り方やファイナンス理論に合わせた投資や様々なパーティに顔を出して人脈を作ることなど、様々な能力が要求される。

つまり本人は稟議書の書き方を知っているから金融ビジネスをしているつもりでも、それは専門知識とは言われない。会社が換われば全く無意味になる知識は金融知識とは呼ばない。

優秀な小学校を卒業して立派な中学校に入って素晴らしい高校を卒業して最高の大学に入学してまるで人生がばら色みたいな、親からすれば自分の期待をすべて背負ってくれたような子供はとかく人のいう事を良く聞く。

何も疑問を持たずに会社に入社すると、その会社の形式で作られた稟議書とか企画書とか説明書だとか、とにかくその会社でしか通用しない書類を山ほど見せられて、「これが金融だ!これが社会だ!」と教え込まれる。

とにかくその形式ですべてをやらんといかんから、他に方法があるんじゃないかなんて考える事もせずに、ひたすら「その会社でしか通用しない書類とルール」で行動する。

そして10年もすれば立派なビルの中の立派なオフィスの中の立派な机に坐って素晴らしい肩書きの名刺を持ち周囲は「いよ!課長補佐!」と褒めてくれて、サラ金に行けば無条件で100万円くらい借りられて合コンに行けば無条件で女が顔色を変えて迫ってくれる。

しかしそんなばら色の人生はニュージーランドでは通用しないと言う現実があることが説明会で語られる。

「あなたが知っている技能は海外では全く役に立ちません」

「銀行で何年働いたとしても、しょせんは自転車で中小企業の親父さんの自宅で今日の売上を回収したり、上司に言われた意味不明の商品を意味不明な中小企業の親父さんに売り込むか、精々は大企業のオフィスで経理担当者とお互いに相手を褒めあって上司に言われた事を伝えて書類を企画どおりに揃えてお互いの上司に出して頭をなでられて“良い子良い子”してもらってるわけでしょ」

「けどそれは海外の金融機関ではあり得ない話であり、取引関係者と実務的に英語が出来て相手と同等の金融知識を持ち相手に利益が出るような提案が出来てそれでいて最後には“にこっ”って笑顔でいられる能力が要求されるんですよ」と言われる。

そんな金融知識なんてもん、見たことも聞いたこともない金融関係者は、自分が入社したばかりの頃に自転車でお得意様を回って集金したお金をカバンに入れて無事に銀行に持って帰るのが仕事だったし、ちょいと偉くなってからは大企業の経理部門に行って同じ年くらいの担当者とお互いに“いかにもおれたちエリートだよね、クーラーの効いた立派なオフィスの中でこうやって大きなお金の話をしているんだもんね”とタバコをぷかぷかしながらやってた自分の生活を否定されたわけだから、こりゃもうびっくりである。

そこで当然金融関係者はぼくに対して「君は一体ぼくの何を知っているというのだ、なぜ僕が考える事が成功しないなんていえるんだ、だいたい君は何様だ!」となる。

しかし現実は現実なのだ。移住一世の一番大事な問題点は理不尽な人種差別ではなく自分の心に棲んでいる「エリート感覚」なのだ。

こういう場合いろんな説明方法がある。けれど彼に対して懇切丁寧に「世界のあり方から始まって日本社会の(世界と比較した場合の)不合理さ、そしてそれがある時点では日本の強みになってたけれど時代が変ったら弱さになってしまい、合理的に行うべきビジネスが不合理と言うOSの上に乗っかっているからあちこちでバグを起こしているんだけど誰もそれを止める事が出来ないまま21世紀に突入している」ことを教えるのは移住説明会の趣旨ではない。それは池田信夫の本を買って読んでもらうしかない。

ぼくはあくまでも有料で開催された説明会の趣旨として、参加者の皆さんに良い面も悪い面も合わせて事実を説明するのが仕事だと思っている。

その悪い面を伝えると言うのがさきほども書いたけど「耐えられないほどの社会的地位の低下」と「恥ずかしいほどの収入の激減」である。これに耐えられますか?

だから僕は個人的に思うのは、企業内特殊技能を持ち、それに何の疑問も抱かずに生きていける能力を持っている人はそのまま日本で生活をすべきだし、間違って海外に行く場合でもそれは駐在員と言う「東京を向いた風見鶏」になれる自信がある場合に限るということだ。


tom_eastwind at 13:41│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 | 移住相談

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