2010年08月13日

クイーンズタウン1988

ae39c0b1.jpgクイーンズタウンは1988年から1991年まで住んでいた。あの頃は毎日のように日本から団体ツアーやハネムーン、冬場になるとコロネットピークと言うスキー場で滑っている人の10人のうち3人くらいは日本人だった時代がある。

一日に滑る人は大体2000人くらいだから600人が日本人である。

ところが時代が変わり現在はスキー場で日本人を見かけることも少なくなり、たまに見かけても退職後の人生を楽しむリタイア世代の人々が日本のスキースクールのツアーに参加するくらいで、若くて元気の良いスキーヤーを見ることは殆どなくなった。

これでリタイア世代がスキーを止めたら、それこそクイーンズタウンで日本人の存在感はゼロになるだろう。

クイーンズタウンで有名なハンバーガーショップがある。ファーグバーガーと言うのだが、とにかくどんな時間に行っても行列で、少ないときでも15分くらいは待たされる。まあそうだろう、注文が入ってからマックのハンバーガーの4個分くらいのでっかいハンバーガーを焼き上げるのだから時間がかかるのも分かる。

今回この店にお客様家族と一緒に行ってメニューを注文しようとしたら、「あれ?日本人?じゃちょっと待ってて」と日本語メニューが出てきた。ほー、まだまだ存在感があるのかな、行列には韓国人も中国人もいるのに、まだファーグバーガーの意識の中では彼らの存在感はそれほどないのだろう。

けどそれも時間の問題、毎日わんさかとやってくる中国人ツアー、スキー場に行くと飛び交う韓国語、いずれファーグバーガーにも中韓メニューが出てくるのだろうな。

それにしても1980年代のクイーンズタウンを知っている自分としては隔世の感があるのも事実である。

おかしな偶然なのだが、ぼくが住む街は常に景気が良い。

ぼくが日本を離れたのは1988年、まだバブル景気で仕事がいくらでもあるような時代だった。

1980年代のクイーンズタウンでは日本人ブームでありぼくらの仕事は断らねばならないほど舞い込んで来た。あの頃一週間に稼いだ給料は当時の物価から考えてもかなり高額だったし今の時代でも充分通用する金額だ。おかげで一年でちっちゃな家を買えた。

1991年に移住した香港では返還ブームに沸く香港で日系企業が次々と円高対策で工場を中国に移し、その多くの仕事を頂いた。

1996年にオークランドに移住すると、丁度その頃は建設ラッシュ、そして日本人ワーキングホリデイの全盛期であり、旅行と留学を中心に業務展開した。21世紀に入り留学から移住にシフトするとこれも丁度タイミング良く成長して現在に至る。

ところが日本は1991年にバブルが崩壊して失われた20年となり、クイーンズタウンも僕が香港に行ってからバブルの崩壊で旅行客が激減した。

香港を離れた後は返還ショックで香港のハンセン指数ががた落ちするほどに香港ビジネスが激減して、それからサーズや911等でホテル業界も未曾有の不況を迎えた。

オークランドでも旅行業と留学業から移住にシフトした途端に旅行業と留学業は完全に衰退産業になり、旅行業でもJTB,日本旅行、近畿日本ツーリストなど以前は支店長は皆日本から派遣されていたが、今ではすべての支店長が現地採用である。そう言えばJALもなくなってしまったしね。

どんな偶然か分からないが、自分が住んでいた時期の街はどこも活気があったので本当に幸運だと思う。

これって一体何なのだろうって思ってしまうが、事実は事実であるから多分不況と僕は相性が悪いとか、何かの巡り会わせがあるのだろう。

それにしても今のクイーンズタウンは見事なまでに成長を遂げて、世界中からバランスよく観光客を集めて成長している。

クイーンズタウンの自然と景観を守りつつ観光客向けの施設を整備していく。この写真はクイーンズタウンのゴンドラで山頂に上ってリマーカブルの景色を見る展望台だけど、20数年前はあり得んくらいのぼろっちい施設だった。

それが今では素晴らしい展望レストランと周辺施設の整備で、これまた隔世の感がある。

昔はクイーンズタウンでステーキを食うとするとブリタニアかビーフイーターというお店しかなかったのが、今では街中素晴らしいレストランで溢れてて、美味しい料理とプロのサービスを受ける事が出来る。

これもこの街に来る観光客は世界中から高い飛行機代を払ってきており、現地価格で高いと思うような食事代でも彼らからすれば「あら、このサービスとこの料理でこの値段?お安いわね」となる。

こんな事、今の日本からすれば考えられないかもしれないけど、ニュージーランドは今でも毎年政府による賃上げと各企業による賃上げが行われている。

そしてその中でも一番物価とが高いのがクイーンズタウンであるが、お金を使う顧客が海外の観光客なので高価格でも支払い力があるから自然と物価も上がるし街全体も活気が出て潤っている。

ただこの街の一番の特徴は、実はこの街はほんの数名の地元キーウィが実質的にすべてを支配しているって事だ。民主主義なんてお構い無しに彼らの独裁の下でやってきたから効率的に街が発展してきたのだ。

こう考えるとシンガポールのように民の事をちゃんと考える優秀な独裁者がいれば民主主義よりも余程正しくてスピード感のある政治が行なわれると思う。

今晩はクイーンズタウンの学校に通う娘と久しぶりに食事。この街は星が綺麗なのでも有名だが今彼女がはまっているのが星見である。学校が終わって日の沈んだ寄宿舎の庭から満天の夜空に光る星を眺めているのだが、気付いたら一時間くらい座り込んでたりすると言う。

この街で生まれた彼女が20年経ってまたこの街に戻り学校に通い、星を眺めている。

明日どんな運命が待っているかも分からないけど、僕が20数年前に初めてこの街にやってきた時は知り合いもカネもコネもなく明日の事さえどうなるか分からなかった。それが20数年経って今こうやってまたこの街で娘と一緒ご飯を食べている。

明日がどうなるかなんて今日考えても仕方ない、明日の事はは明日考えよう。そう思った懐かしいクイーンズタウンだった。


tom_eastwind at 22:39│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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