2010年10月12日

上向きの平等

bee010e8.jpgぼくは平等が好きだ。世の中に貧しい人がいるのを見るのは大嫌いだ。
しかし子供っぽい事を言っても現実の世界はそう簡単に変化しないし世の中が元々不平等なのもよく分かっている。

だから格差是正の為に自分の周囲だけでもみなが平等になってくれればと思う。ただその平等の方向性が今の日本社会や民主党とは全く違うようだ。

僕が望むのは上向きの平等である。

上向きの平等ってのは、自分たちの社会に成功者がいたらその人に一歩でも近づけるように自分も社会の上に登ろうとする、この場合の成功とはお金だけではなく心の幸せも含むんだけど、そういう天国にいる人に向って自分たちも成長していく、その結果として皆が上の段階で平等になるって意味であり、昨日までは手の届かなかったお金持ちの世界に自分が今日いる事が出来るって意味だ。

以前だったら買えなかったカー、クーラー、カラーテレビがどこの家庭でも買えるようになる、そういう形で誰もが文明を享受出来るって事だ。それでも格差は残るだろう、ぼくがカローラを買うときに彼らはベンツを買うだろう。それでもぼくは次の機会にベンツを買う機会があるからその意味で上向きの平等だと思うのだ。

誰もが今日よりも良い明日を期待して、例えばイトーヨーカドーがリスクを取ってコンビニエンスストアという新しいビジネスを起こしてそれが日本中に広まって今では一般家庭の冷蔵庫や台所役にまでなって世の中を便利にしている。

ソニーはビデオ戦争で負けても次はテレビで挑戦して世界市場を取った。負けた方も明日こそはこちらの番だとばかりに努力をして、お互いに技術を高めあい、それが結果的に人々を物質的に豊かにした。

精神的な部分はなんとも言いようがないけど、日本、少なくとも東京や名古屋等の大都市は世界で一番便利な国になったのだけは間違いない。

けれど今の民主党政権が目指す、てか国民の多くが望んでいるのは下向きの平等、つまり魔女狩りではなかろうか?

頑張って働いてお金を作った人に対しては「お前ら金持ちは労働者の敵だ、刑務所に放り込むぞ、嫌なら財産を全部出しておれらと同じような貧乏になれ」と数の論理で無理やり法律を変更してでも彼らから財産を巻き上げようとする。

そして耳に痛いけど直視しなければいけない事実を話す人々に対しては「オマエはアカのイヌか?!」とか「売国奴め!」とか、感情的でしかない言葉を無記名で送りつけて相手を罵倒して、これまた数の論理で彼らを自分たちの目の前から排除する。

検察に至っては自分の好き勝手で筋書きを作って誰でも逮捕出来る様な仕組みを作ってしまい、まさに共産党独裁国家である。(この件は書くと長くなるので後日)

その結果として社会に残ったものは、貧しいし働く術をしらないしましてやビジネスの拡大や持続する経営やリスクを取って戦う事の出来ない弱虫と、二段階でモノを考える事の出来ないその場の場当たりの感情論でマスコミと政治家に振り回されるバカモノばかりになる。

大体において他人の成功をねたむようになればそこから先は足の引っ張りにしかならなくなる。自分が何の努力もせず他人を妬み他人の足を引っ張ったとしても自分の利益にはならない。

それなのになんでそんなそんな事をするかって言うと、そんな事をやっても自分の利益にならないばかりか社会を衰退させると言う厳しい現実を理解したくない、または理解出来ないバカモノだからだ。

今の日本の2ちゃんねるの書き込みはまだ掲示板の中だけだが、これがいずれ社会全体に現実的に広がっていくだろう。

そうなると間違いなく社会は衰退するが、皆が足を引っ張りあってまともな人間が日本から出て行った後に、足の引っ張り合いに疲れた連中がはーはー言いながら床に膝をついて、「ほら、、、これで、やっと、皆が、平等になった・・・・」と、やせ細って垢に汚れた顔で息を切らしながら、それでもまるで勝ち誇ったように言うのだ。

これは1950年代初頭のロシア、1960年代の中国で発生した。お互いが他人を監視して当局に訴えて、怖いから誰もリスクを取らずに家の中に篭り、世の中がどんどん貧しくなって食べるものもなく、ロシアでは遂に村に住む子供の姿が小さな子供から次第に消えていき大人たちの餌にされ、最後には村人が村を捨てる事態になった。

中国では大躍進と言う名目の元に農業経済は崩壊して各地で飢饉が起きても誰も助ける事が出来ず、更に文化大革命が起こり数百万人の中国人が飢え死にしたり流刑地で処刑されたりして、残った人々は何とか自分の命だけを守る為に他人を密告して地元の小学校で行われる人民裁判で指導者を吊るし上げにして、結果的に自分たちの社会のインフラを全て崩壊させて最後に言った、「これで皆が平等になった」と。

これが日本がこれから進むであろう中の最悪の状態である事を望む。これ以上の最悪は予想したくもないからだ。

皆が他人の足を引っ張るが誰もリスクを取って社会を成長させようとしない、そんな社会にしてしまった卑怯者やバカモノの連中の子供に未来はあるだろうか?子供が大人になった時に親に向かってなんと言うだろうか?「お父さん、何でこんな世の中にしたの、何でこんな世の中にぼくを産んだの?」

みなで成長しよう、皆でリスクを取りながら成長しよう、誰かが失敗してもそれを責めるのではなくむしろ褒めてあげて、よし、もう一回やろうよと肩を叩いて一緒に歩いていく、そんな社会にしたいと思う。

そう思うからこそ今の社会党政権の方向性には疑問を感じるのだ。まるでこの社会を下に向けて落して行って、最低層に合わせようとしているとしか思えないのだ。

リスクを取って起業して新しいビジネスをしようとする個人は既得権益を守りたい役人によってすぐに潰される。リスクを取って企業の中で新しい方向性を見つけようとする改革者は自分が社長になりたい宦官連中から企業コンプライアンスと言う美名の下に左遷させられる。

他国がどのように進歩しているかなんて関係ない、今の自分が良ければ後はどうでも良い、そういう連中が他人の足を引っ張って、結局言いたい事も言えない社会を構築しているのだが、そんな事はバカモノ共にはどうでもいいことで、自分の子供の未来の事さえ考えずにとにかく足を引っ張ることだけを考えて生きている。

動物以下の生存本能や種の保存の原則さえ多分原子力発電所の放射線か高圧電線の下で長いこと机にへばりついて馬鹿相手に真面目に嘘を信じて勉強してきた為に失ったのだろうが、それにしてもこれからの社会党が、あ、違った、民主党か、何とか自分の馬鹿さ加減に気付いて軌道修正してもらいたいものである。

格差を下に向けて平等にしようとした時に妬みや嫉みが生まれて社会は衰退し、格差を上に向けて平等にしようとした時にだけ夢が生まれる。




tom_eastwind at 11:21│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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