2010年10月20日

あなたの神が許すなら

2df5d3ee.jpgぼくは会社に行く途中に93.4FMを聴いてる。8時40分から9時20分頃までは二人の男性パーソナリティとか9時のニュースとか聴けるので丁度都合が良いのだ。

でもって彼らが必ず毎朝ジョークを言うのだが、ネタは毎日違う。

先日はそれが宗教や好き嫌いによる食べ物の話で、「ぼくらは犬を食う人々にぞっとする嫌悪感を感じるがぼくらが牛肉を食っている姿を見てインド人がどう思ってるかなんて考えたこともないな」だって。丁度コーラン焼却事件が起こってた時のことだ。

このニュージーランドではすべての宗教が広く許容されており、社会全体が宗教に対して「信仰の自由」を認めている。仏教寺院を建てても良いし神社だってOKだろう、誰が何を信じてもそれはその人の自由である。

これは一つの大きな要因として元々英国に住んで階級差別を受けて尚且つそれが不合理なものだと理解出来るだけの知能があるクリスチャン集団がこの国に移住してきて、「自分が嫌がることは人にするな、自分の宗教を他人に押し付けるな、人は皆平等で自由なんだ」って普通の知能があればごく普通に理解出来ることを実行した結果として、いかなる人間がいかなる宗教を持っても、それが他人にとって少しは奇異に見えても、社会全体の中で問題が起こらない限り個人の自由として許容するって土壌になったのだと思う。

だから同じ英国移民の末裔であっても犯罪人の送り込まれた流刑島でアボリジニを人間として認めずに狩猟気分で撃ち殺してたお隣の豪州人や、白人でキリスト原理主義のがちがち連中が人種差別は当然とばかりに先住インディアンを虐殺したり黒人を奴隷としてぶん殴ったりした海の向こうの米国とは宗教や文化の尊重と言う面で大きな違いがあるのがニュージーランドの特徴だろう。

米国では今もやっぱりキリスト教が政治や社会の中で大きな位置を占めているのだろう、だから例え一部の人々であってもコーランを焼くなんて事が思いつくものだ。

コーラン焼いても食えないし出てくるのは憎しみだけだ、焼くなら焼肉の方がよっぽどみんなの評判が良いと思うのだが、BBQやってもイスラム教が参加すれば豚肉は不浄となりヒンズー教が参加すれば牛肉は食えず、季節が冬だと韓国人からは「あの〜犬肉がないですかね」と聴かれるだろうし中国人からは「蛇のスープも滋養があるんですけどね〜」となる。

以前ある中国人がテイクアウェイの店をMtAlbertに開店した。家賃が安いからとその場所を選んだのだが全然売れない。

酢豚も焼肉も駄目。どうしてだろうとある人に聞いたら「MtAlbert?イスラムとヒンズー社会のど真ん中で牛肉や豚肉を売ろうとしているのかい、OhMyGod!」それからメニューをベジタリアンに切り替えたらお店は大繁盛でした。

食べ物の好き嫌いだけでこれだけあるのだからましてや宗教の違いを言い出すときりがない。

コーランを燃やすって話は、ある意味相手の家に土足で上がりこむようなもの以上だ、、、あ、そうか、土足で上がる文化の人には分からない表現だから世界的に分かり易い表現で言えば、米国国旗に小便ひっかけてからその国旗をリンカーンの銅像の顔の上にぶら下げて、その上に聖書を乗せてガソリンかけて焼くようなものだ。

今でもイランでは姦通罪で石打死刑である。それは宗教的道徳心が社会の基礎にあるからだ。米国で姦通罪で石打死刑を導入したら、米国人男性の半分くらいは確実に死刑である。

フランスでは来年から公共の場所でイスラム教徒の女性が着用する全身を覆うブルカやニカブが禁止される。

しかし各国からの移民が集まって構成されたニュージーランドは市民社会であり宗教は自由とあるならば社会秩序が優先されるべきだから姦通は「個人の自由」となる。もちろん頭にターバンを巻いても額に星を付けても和服で街を歩いてもOKだ。着る物はファッションであり他人に迷惑をかけない限り制限されるものではない。

北半球では最近とくにイスラム教対キリスト教の戦いみたいな位置付けを作ろうと画策する人々がいるようだが、ぼくら仏教から見れば「おいおい、お前らの神様って同じだろうが、何を兄弟げんかしているんだ」って感じ。

ニュージーランドではテロが起こらないと説明会で話をすると「ほー」と言った顔をする人が多い。白人社会でキリスト教だからテロがあるかもと思っているのかもしれない。ニュージーランドは英国系キリスト教国家の中で唯一イスラム国家や中東諸国からの難民を受け入れたり宗教に一切の差別をしていない国だ。

そんな国でイスラムテロリストがテロを起こそうとしても、今現在ニュージーランドに住んでるイスラム教徒が絶対に止めさせるだろう。日本人や中国人がこの国でテロを起こすことも考えられない。結果的に誰もテロを起こさないという事になる。

お互いに譲り合って相手の考えを尊重する。それだけで平和がやってくるなら武器を持って平和を獲得するより安いものである。、


tom_eastwind at 15:01│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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