2010年10月22日

ボーダー 垣根涼介

垣根涼介のヒートアイランドシリーズ第四弾。

垣根流のいつもの軽い現代的な言い回しで調子よく書かれているが、実はテーマは重い。その重さは、何でこの本が商業的に売れるのか不思議なくらいだ。

それはワイルドソウルでもそうだったし、彼の本全体に通じる事でもあるが、よく読んだら実はとんでもない事かいてて、「さあ、君はどうするんだ?」と読者に呼びかけている。

その呼びかけを理解しないで読むのか、理解した上でそんな呼びかけを無視するのか、それともその呼びかけに応えるのか?

雅の元サブリーダーであるカオルは東大生になった。その大学で同級生となった中西とは、何故か気の合う部分がある。カオルも中西の親も世間で言えば社会的地位の高い有名人である。

カオルはある偶然をきっかけに中西を連れて昔の根城の渋谷に戻る事になり、封印されたはずのファイトパーティの現場に3年ぶりに足を踏み入れ、そして事件は始まる。

中西が自分の身元を語る部分がある。

「世の中にはシステムの人間ってのが、いるんですよ」
「システムの人間?」
「世の中の制度、あるいはレールから外れずに、ずっと生きていく人間と言い換えてもいいです。進学、就職、結婚、出産、マイホーム・・・既存のシステムにのっかって生きていれば、根本的な生き方を自分の中に問いかけるようなキツイ人生を送る必要もない。そしてそれを、無意識のうちに選ぶ人間です。家庭人として、あるいは社会人として優秀とか、優秀でないとかは関係ない。いい人とか、いい人でないとかも関係ない。そういう次元とは違う問題です。無意識のうちにレールに沿った生き方をする人間がいるという事実です。それを傍目から見れば、安定した賢い生き方だという人もいる。実際、賢い生き方でしょう。でも、往々にして本人の肝心な中身は、空っぽであることが多い。ずっと昔から、自分への根本的な問いかけを拒否しているんですからね」

ボーダーと言う作品をどう評価するか?ヒートアイランドも第四弾になってそろそろマンネリ化したと言うかもしれない。確かに今までの垣根作品をまとめるような書き方になっており、ファンにとっては「ほう、このパズルがここにはまるのか」とうれしく納得も出来るが、これが一冊めの読者には評価が分かれるかもしれない。

しかし垣根作品は基本的に読者に評価を求めるというよりも、読者をけしかけている面がある。「おい、どうするんだよ、おれの本を読んだ後でも今のだらだらした生活を続ける積りなのかよ」と。

会社や親などの他人任せの自分のこじんまりした生活を守れるかどうかも分からないような状況なのに自己努力もせずに毎日愚痴ばかりこぼして、明日は今日と同じだろうと何となくぼんやりと予想しているんだろう。

それはまるで、自分は交通事故に遭わないとか自分が買った宝くじは当たるとか、どっちにしても他人任せの人生に乗っかって淡い希望を抱きながらもその為に何か努力をするという事がない生活。

そういう生活が納得出来るならそれで良い、納得出来る人はそれで良いのだ、その生き方を否定してはいない。けれど、あっち側に行ったようなふりをしながら実はこっち側でだらだらしてこっちの世の中を皮肉るのはみっともないぜ。

そして本当にあっち側に行ってしまえばこっち側にはもう戻れない。昨日まで普通に見えてた景色が普通ではなくなる。それでもあっち側に行くだけの気持ちはあるのか?

ワイルドスワン以来、垣根作品の根底に常に流れているテーマが本書でも随所に語られており、それだけでも読み応えのある作品だ。

★これは三連休の間に読んだ4冊の単行本のうちの一冊です。


ボーダー―ヒートアイランド〈4〉ボーダー―ヒートアイランド〈4〉
著者:垣根 涼介
文藝春秋(2010-04)
販売元:Amazon.co.jp
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tom_eastwind at 09:26│Comments(0)TrackBack(1) 諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

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1. 「ボーダー」垣根涼介  [ 粋な提案 ]   2011年07月15日 17:35
渋谷でのあの事件から3年。チームを解散し、別の道を歩み始めていたアキとカオル。ところがある日、カオルは級友の慎一郎が見に行ったイベントの話を聞いて愕然とする。それはファイトパーティーを模したもの...

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