2011年05月28日

移住とは長い旅

日本人サラリーマンは各個人は働き者だというのは正解であるが仕事の内容が効率的であると言うのは大間違いで、賽の河原で石を積み上げては落とすような事をして長い時間会社に縛り付けられている。

 

日本人の仕事の多くは予定を作って計画を作り、予定が変更になってまた計画を作り直し、直前になってまたも予定が変更になったものだから作り直す時間がなくて最後は行き当たりばったりで現場の努力でどうにかこなしてしまうというものだ。

 

香港日通旅行で働いてた1990年代の事だが銀行の本店会長が香港視察に来ると現地の支店は数か月前から予定作りにてんてこ舞いになる。これによって自分の評価が決まるのだ、最高のアテンドをしなければと毎日毎日「会長は天ぷらがお好きだと聞いたぞ」とか「中華は外せないぞ」とかで同じ日のディナーを3か所くらいトリプルブッキングしておく。

 

食後も麻雀台を会長の部屋に置き支店の接待麻雀得意の行員を数名用意させておく。同時にカラオケバーも2軒ほど予約を入れておく。

 

送迎の車も車種から色からサイズから、立派なものから会長車、社長車、専務車と並べていくのだが困ったことに支店の判断でベントレーとロールスロイスのどっちが格上なのか勝手に決めて責任を取らされるのは嫌なので僕らに「どっちが上でしょうかね?」と聞いてくる。

 

そして飛行機到着当日。会長はいきなり「何だ!おれは香港に遊びに来たんじゃないんだ、現場のシンセンの工場視察にすぐ連れていけ〜!」

 

そーら大変だ!ダブルナンバーのベンツを数台手配して同行する人のビザを即時取得させて、シンセンシャングリラホテルの部屋を手配して、最初のスケジュールはもうむちゃくちゃである。

 

支店の人々もこういう突発事故になると右往左往して誰もが思考停止状態になる。要する即時の判断を求められるので失敗すれば判断責任が発生する。支店駐在だからある程度現地事情が分かってても本当の現場の細かい点は分からない。だからこういう時はぼくら外部の旅行会社に丸投げして少しでも責任被害を減らすとなるのだ。

 

この時は「まず会長を休憩と称して当初のホテルの部屋で休ませてください。でもって同行する人のパスポートをすぐ私に下さい。2〜3時間で車とホテルと視察手配かけてきます」から手配を始めたがすべてがその場の判断で決めていくので「社内政治的圧力」など関係ない。

 

後で聞いたら会長は日本出発前にご挨拶にお伺いした当局の若いキャリア課長に「ところで会長、まさか大名旅行ではないでしょうね、円高の今中国シフトは日本メーカーにとって生死を賭けた問題ですから、すぐに現地を見に行かれますよね」と言われたそうだ。

 

当時のシンセン視察ではこのような突発事故はしょっちゅうであった。ある大手生命保険会社重役の御座すダブルナンバーのストレッチベンツが国境を渡りシンセンの工場地帯に向かっているとき、田舎道を正面から飛ばしてきたぼろトラックが車線を無視してこちらに突っ込んできた!とっさの判断で運転手はハンドルを右に切ったのだがここは中国、そのまま車は田圃に落ちて皆さんどろだらけになってしまった。

 

当時は携帯電話の普及期で田圃から「どうしょましょ〜?!」と連絡が来たのだが、この時も「今どこですか?だったらすぐ車の周りの荷物を集めて会長を次の車に乗せてxxホテルまで直行してください、工場の手前です。そこに部屋を取っておきますからその部屋でシャワーを浴びて頂いて昼食休憩しておいてください。そして会長の部屋から替えのスーツ一式と靴と靴下をすぐ用意してください、わたしが今から取りにいきます。今からなら落馬州(車用の国境)までタクシーで行き国境を越えてそのホテルまで大体1時間30分で行けますから」

 

電話を切るとすぐに必要な手配に入る。タクシー(ぼろでも早けりゃいい)、中国側ホテルの一番良い部屋の予約(景色も確認の事、窓を開けたら豚小屋はダメだ)、中国側の車(ベンツだ!なければホテルのリムジンをチャーターしろ)などの手配をスタッフに依頼して返事を僕の携帯電話に入れるように指示すると、国境でいざとなった時に必要な賄賂を経理から出金してホテルに向かう。


 

移住と言う仕事をしていて感じるのは「準備」と「実行」の踏み切り時期である。どれだけ準備しても万全はあり得ないし、こっちが準備出来たと思った頃は相手、つまりニュージーランド政府が移民のルールを変更したりする。

 

元々旅行と言う言葉はトラベルだがその語源はトラブルだとも言われている。そしてほとんどすべての日本人移住者は実は旅行者である。いつか年を取れば日本に帰り実家の墓に入るのだから移住とは実は長い旅行なのだ。

 

その旅行にトラブルはつきものであり完ぺきにしようなんて考えること自体が無理がある。相手のある話であり時とともに変化する状況で大事なのは結局トラブルになっても即応出来る能力と心のゆとりだ。

 

日本人の予定大好きはよく分かるが移住は長い旅だと考えてほしい。そして旅のトラブルは後になると思い出になる。あなたが旅行から無事に帰ってきて旅先の写真を整理していると「あれ?これって何日目だっけ?」なんて考えることがよくあるだろう。

 

ところが旅先であなたの乗っていた車が湖に落ちかかった!そんなのは一生忘れられない記憶になり「あの時さ、こんなことがあってさ」と、きれいに撮れた写真よりも思い出の一枚になっている。

 

それと同じで、完ぺきも絶対もない世界でジェットコースターに乗る勇気がある人は移住を楽しめるだろうしそうでない人はたとえ移住できたとしても数年で文句を言いながら日本に帰るだろう、こんなはずじゃなかったって。

 

今日で5月説明会第一部が終了。明日が第二部となる。



tom_eastwind at 01:05│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 | 移住相談

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