2011年10月30日

「北朝鮮に消えた友と私の物語」 萩原遼

 

★抜粋開始

1979年から帰国者の家族の「祖国短期訪問」が始まった。帰国以来すでに20年経った時期である。訪ねて行った老父がみたのは自分よりも老けた息子の姿、老母がみたのはしなびて腰のまがった娘の姿である。「乞食同然の姿だった」とショックで寝込んでしまった人もいる。小屋のような住まい。動物のエサのような食事。あまりの貧しさに着替えの下着まで渡してきた人もいる。

 

肉親同士の対話から地獄のもようがもれないように案内人と称する監視人がべったりとはりつく。話をできなくさせるのだ。夜も帰らない。狭い部屋で泊まっていく。最近は北社会のワイロ横行でワイロを渡すと夜12時ごろには引き上げる例もあるときく。一週間の滞在日程の殆どを金日成の銅像や墓をおがませて時間をつぶさせ、親族との接触を極力おさえる。目的した惨状を肉親を人質にして口封じする。

★文春文庫単行本412ページの記述より抜粋

 

思うに日本人はどれほど韓国や北朝鮮のことを知っているのだろうか?嫌韓とか言ってる人も多いけどその韓国がつい最近まで海外旅行さえ自由にできなかった国だとどれだけの人が知っているだろうか?

 

韓国の現在の韓流ブームの基礎を作ったのは金大中大統領。1998年に大統領に就任したが彼は戦前の韓国で日本語を学んで流暢な日本語を話し(1925年生まれ)反体制派政治家として長年活動し、東京に滞在中には韓国情報部(KCIA)に誘拐されて殺害されそうになった時(金大中事件)は日本政府は彼を守ろうとして軍部独裁国家であった韓国側と随分と交渉したものだ。

 

韓国は戦後長い間軍部独裁体制であり自国民が海外に出て「戦争に負けた筈の日本」がどれほど豊かになったか、なぜ韓国が豊かになれないのかを見せたくない為に海外渡航に関しては常に規制を作ってきた。やっと韓国が豊かになってから海外旅行を自由化したら多くの韓国人が日本の旅行を楽しむようになり日本のインバウンド市場(つまり海外から来るお客を受けて手配する旅行会社の集まり)が活気づいた。

 

福岡のキャナルシティではプサンから高速船でやって来てマツキヨで間違いないしっかりした薬を買い(自国の薬を信用していない)牛丼やラーメンを楽しんで自国に帰る。こういった自由を味わえるのも韓国が豊かになり国民を海外に出しても内外格差でクーデターが起こらないと判断した韓国政府の結果だ。

 

じゃあ戦前から日本に在住している朝鮮人って何なの?という事になる。閉鎖された国とはいえ情報は伝わるでしょ、日本に住む朝鮮人が差別に苦しみながらも何とか日本社会で自分たちの生活基盤を作ってきたのは誰でも知ってるし日本に関する情報は韓国にも伝わるでしょって思う。

 

けれど現実は違う。

 

韓国でも情報統制が徹底しておりなかなか外国の情報が入らないし、入ったとしてもそんな情報を誰かに話したらそれだけで国家反逆罪である。何も言えない国家だったのだ。

 

光州事件を知っている日本人はどれだけいるだろうか?1980年5月18日、日本はまさに平和を謳歌していた時代に隣国の韓国では民主化闘争を平和的に行おうとしていた市民に軍部が武力制圧を行った。簡単に言えば兵隊が同じ民族同じ国民である韓国の一般市民を殺したのだ。

 

この事件は韓国内では一切情報を出さずに秘密にされていた。ドイツなどでは詳細な情報が出回っていたが日本ではあまり大きく扱われる事なくいつの間にか消えてしまった。

 

当時ぼくは仕事でプサンに行くことが多かった。そんな時チョースンビーチ沿いにある屋台でするめなどのつまみを食いながら韓国ビールや焼酎を飲んだものだ。そんな屋台をやってる若い人たち、頭良さそうな顔つきで静かにギターを弾いていた人たちに、普段は何しているんですか?と聞くと「ぼくたちは光州から逃げて来たんです」と半ば自己放棄的に苦笑いしながら教えてくれた。

 

しかし、それ以上に酷かったのが北朝鮮である。北朝鮮を共産主義国家だから悪いとか共産主義はどうのこうのと主張する人がいるが、北朝鮮は共産主義でも社会主義でもなく単純に金日成とその子供たちが支配する独裁国家だ。

 

独裁主義とは1700年代の欧州の王様のようなもので、王様が「カラスは白い」と言えばYESと言い、「飛べ」と言われれば「何故ですか?」と言う質問は許されず「どれだけ高くですか?」が正しい答となる。

 

そんな国で民主主義など存在するわけもなく、誰もがおかしいと思いながらも家族を人質に取られた状態で生活をするしかない。キンセイニチマンセーである。まさに基地外国歌としか言いようがない。

 

ぼくはどうしても分からないが、なぜ北朝鮮でクーデターが起こらないのかと言う事だった。日本ではまだ無理なのが分かる。何故なら飢え死にする若者がいないからだ。なんとか食っていける。しかし北朝鮮では1990年代以降に300万人が飢え死にしたと言われている(このデータはぐぐるとすぐ出てくる)

 

するとどうも1960年代の金日成によるクーデターで多くの優秀な人々が殺されてそれ以降体制に逆らう人間が出て来た場合、その家族全てを逮捕して収容所に送り込み一生外に出さない政策があるようだ。

 

朝鮮の人々は家族を大事にして、その家族を人質にされてるから何も言えないのだろうがけれどその家族を大事にする気持ちのチェーンネットワークが結果的に独裁国家の存在を許し今も金政権が続いている理由なのだと思う。

 

以前も書いた事があるが、日本人が拉致された事件では社会党が「北朝鮮様がそのような事をするはずはありませ〜ん」なんて御花畑発言をした1980年代、ところが事実がどんどん出てくるにつれ「あらま〜、その方はご本人に意志で渡ったのではないですか〜_」だったらお前を新潟の海辺で頭陀袋に突っ込んで小型船に乗せて旅券なしで北朝鮮に送り込んでやろうか。

 

ほんっと、日本は戦後に米国と中国+朝鮮によっておかしくされているが、そのような事実を書くと「電波少年」呼ばわりをされる。しかし間違いなく隣国がやっている政治活動は日本を弱体化させることでありその事実は数えきれないほどある。

 

いろんな問題があるけど、日本が堂々と世界に向かって発言できるこの拉致問題を放置してどうするのか?国家主権は存在しないのか?もしぼくが総理大臣なら真っ先にこの問題を解決する。

 

つまり自衛隊を北朝鮮に送り込み平壌を押さえてその上で拉致された人々を全員救助、更に1960年代前後に北朝鮮に渡った人々を強制収容所から救い出す。救い出した上で北朝鮮に残るかどうかは自主判断、しかしその際も家族を人質に取られているのなら家族ともども日本に避難させるべきだろう。

 

しかし拉致問題や帰国者問題についても日本政府があまり大きな声で抗議が出来ない歴史的背景があり、それがこの本で見え隠れするのだが、拉致も帰国者問題もその背景には日本政府による承認があったと思わざるを得ない。それがこの本の底に流れる問題であり同じ日本人として腹立たしくなる理由だ。

 

北朝鮮の問題を語るときにこの本は外せない。是非とも日本人はこれを読んで自分はどうすべきか、考えるべきだろう。



tom_eastwind at 12:01│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔