2012年05月08日

盗難アジア

オークランドを12時10分に出発してシンガポール到着が夜の19:00。でもって福岡に行く便が午前01:00発なので滞在時間が6時間ある。空港から街まではタクシーで15分程度だ。これはシンガポール航空がぼくに「いざ街に出よ、オーチャードプラザで飲んでいけ、シンガポール経済に寄与せよ!」という意味だと理解したのでリー・クワンユーの指示に従って街に出た(笑)。

 

それにしてもこのオーチャードプラザビルは古い。最も古い商業施設の一語ではないか?雑居ビルなので日系旅行会社のオフィスの横ではマッサージルームがあったり焼き鳥屋があったり、インド系の洋服屋さんのすぐ近くには狭っ苦しい部屋にミシンを折り重ねるように数台だけ並べた仕立て部屋があったり、でもって怪しげなナイトクラブも並んでいる。

 

ぼくがこの街に初めて降り立ったのは1979年だったと記憶にある。当時は東南アジアの小さな国でありマーライオンとピューター(錫)の飾り物と仕立洋服と免税のゴルフ道具が売ってるだけの、こう言っては失礼だがあまり魅力のない国だった。特にマーライオンの実物のちっちゃさは「ずるくな〜い?」と言いたくなるほどだった。

 

その頃の東南アジアには都市伝説があった。ハネムーンで訪れたカップルが地元の高級デパートで仕立の服を買いに行く。奥さんが出来上がったドレスの試着にと店員に案内された試着室に入る。ところが5分経っても出てこない奥さん。

 

ご主人が不安になって試着室のドアを開けるとそこには誰もいない。驚いて店員に尋ねると「え?そんな人、来てませんよ」地元の警察に聴いても「知らん」で終わり。一体何が起こったのかも分からずご主人は一旦日本に帰国する。

 

それから数ヶ月後、ご主人は奥さんを探しに再度その街を訪れる。今度は地元のガイドを自費で雇って領事館にも相談しての上だ。地元ガイドが連れて行ってくれたのはまさに地元人しか知らない売春街。そこで店を回っていて、偶然店の窓越しにガリガリに痩せた女を見かけた。それは麻薬漬けにされた自分の妻だった。終わりは他のオプションもあり、両手両足を切られた「だるま状態」で見世物小屋に置かれたたとかもある。

 

当時に比べてみれば今のシンガポールは様変わりでありアジアの金融拠点としてキンキラの高層ビルにさっそうと歩くビジネスマンが街の隆盛を見事に表現している。

 

夜の9時過ぎにもなると普通のオフィスは閉まっているが日系の旅行会社は電気が点いてて日本語で「はい、明日のオプショナルツアーの出発時間はですね〜」とやってる。

 

ぼくは1990年代に香港で仕事をしていた時にシンガポールに出張することもあったが、当時のシンガポールはあまり好きではなかった。すべてにおいてリー・クワンユーの規制があり完璧な独裁国家であり自由の空気を吸うことが出来ない、南洋の島なのに息苦しい思いをしたものだ。

 

それに比べれば当時の香港は自由であり1997年の返還を前に最後の一稼ぎとばかりにハンセン指数は上昇し人々は賑わっていた。往時に比べれば今はすっかりシンガポールが群を抜いて成長しており香港は中国に取り込まれ始めて、これが一国二制度が50年で中国に同化することなんだなって感じた。

 

それにしてもシンガポール。日系企業が増えて日本人駐在員が増えて日本人学校が大きくなって、民主主義がなくても経済的に豊かであれば誰も文句を言わない。てか民主主義なんて時間のかかる手続きを踏んでたら今のシンガポールはなかっただろう。あいも変わらず南洋のちっちゃな島のままでいただろうな。

 

もちろん以前に書いたようにシンガポール人がアパートを買えないって問題はあるけど全体的には「飯さえ食えれば政治に文句はない」的な雰囲気がある。タクシーは需要に応じた台車規制があり常に国家が統制しているけど、それでも「食えれば幸せ」なのだ。

 

1970年代から80年代にかけて東南アジア旅行は人気があったが同時にお人好しの日本人ツアー客はぼったくりの対象であった。まるで「お前ら日本人も俺も本来平等のはずだ。なのにお前の金の方が多いのだから俺に寄越すのは当然だろう!」みたいな感覚で平気でぼったくる。

 

だから当時は本当に盗難事件も多く、香港ツアーに参加した日本人の金持ちが現地ガイドに「あまり高級な時計を付けて街を出歩かないでくださいね、あなたがツアー参加中で何かを盗られても私が助けることは出来ません、だってもし私があなたを助けたら私がお礼参りされますから」と言われて、青い顔をして高級時計を外してセーフティボックスに入れてたものだ。

 

今はすっかり様変わりした東南アジアであるしこの街シンガポールでもあるが、このオーチャードプラザだけは往時の雰囲気を残している。なんとも懐かしい気持ちで上品なカウンターだけのバーで英国産シングルモルトウィスキーを飲みながらそんな事を思い出した。つい楽しくて福岡行きの飛行機にぎりぎりで滑りこんで乗り込んだのはAs Usual 、いつもの事でした。



tom_eastwind at 22:06│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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