2012年05月23日

こたつの中の社会主義

日本にいるとやけに「格差がど〜の!」とか「不公平がど〜の!」とか聞こえてくるが、あのさ、あなたたち毎日の飯があるよね。清潔な水が飲めるよね。じゃアフリカの子供たちはどうでもいいのか?ウガンダで虐殺された数十万人の人々はどうでもいいのか?彼らは今日も満足に食べるものもない、汚れた水しか飲めない。

 

その原因も彼ら自身にあるのではなく17世紀以降の欧州による植民地政策の結果であり、その欧米に近づいて利益を得てきたのが日本であり、その意味ではすでに日本は全員が「富裕層」なのだ。富裕層の中で格差がどうのこうのっってのはコップの中の格差だ。

 

だからぼくらが本当にやるべきことは先進国であるぼくら日本がもっと頑張って上に行き世界全体を引っ張りあげる事だ。アフリカの子供たちが綺麗な水を飲めて学校に行けて活躍する機会を与えることだ。なのに今の格差格差って訴えてる連中は上に行こうとする人々の足を引っ張りおろして何の努力もせずに自分だけ利益を得ようとするハイエナのような連中だ。

 

要するに自分の利益に絡むときだけいかにも正義の社会正義のように格差とか不公平とか言うけど、そんなのは利己主義なんて言葉以前に薄汚い卑怯者でしかない。自分さえ良ければいいのだ、彼らの中には他の国に住んでいる肌の違う人種のことなど全く視野になく、自分さえ良ければいいのだ。

 

ぬくぬくと暖かいこたつに自分だけ足を突っ込んで「平等〜」とか「公平〜」とか言ってるけど、じゃあなたのこたつに他人が足を突っ込んできたらどうするのか?受け入れるのか?「ちょっとあんた、足どけてよ〜」そうやって格差に苦しんでいる人を追い出し不公平の渦巻く環境に押し返すのが実態ではないか。

 

自分では何も生産せずに努力もせずに他人が作ったものを食い荒らして世の中全体を低くしようとしている。平等という名のもとにがんばろうとする人間の足を引っ張って他人と同じレベルに下げようとしている。

 

本当の社会主義とは先に上に行ける人々が努力して出来るだけ上に行き下の人々を引っ張りあげて結果的に社会に参加する全員が平等に飯を食えて寝るとこがあって着るものがある生活にもっていき、衣食足って礼節をもてる社会にすることだ。

 

それを今のバカクソどもは人の足を引っ張って社会全体を落とそうとしている、平等とか公平という美名の下に。

 

「ニュージーランドは天国じゃないんだ、かと言って地獄でもない」ってのは僕のブログの最初の言葉だ。知ってる人は知っているThe Blue Heartsの「TRAIN TRAIN」から転写。

 

この国は天国じゃないんだ、日本よりちょっとましってくらい。ただ、自由はある。事前規制さえ理解して守っていればかなり自由に生きていける。それは間違いない。

 

「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格はない」は探偵フィリップ・マーロウの言葉。原文は下記。

If I wasn't hard, I wouldn't be alive.

If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.

                   Raymond Chandler

 

そう、例え社会主義国でも誰かがリスクを取って前に進まねばならない、弱音を吐いて「あれ出来ませんこれ出来ません、社会主義バンザイ!」ではなにも変わらない。怖いけどhardにリスクを取って前に進むってのは道のないところを歩くようなものだし誰もやった事がないからどうなるか分からない。それでもやってみる。

 

そういう行動を見て批判する奴は結局自分では何もしない。何も変えようとしない。そして奴らは優しくない。他人の言うことにNOと言えない自分をやさしいと勘違いしているが、優しさとは本当はNOと言える強さでもある。

 

昔、高村光太郎が「僕の前に道はない、僕の後に道は出来る」と詠った。学校で習った人も多いだろうがその字面だけ暗記するのではなくその意味するところをしっかりと理解して欲しいと思う。道のないところに道を切り開く勇気、日本人にはそのような気概を持って行きていって欲しい、とくにせっかく海外生活という道を選択した人々ならば。

 

少しいらいらした一日、同胞が同胞の足を引っ張る愚、“今日も暮れゆく異国の丘”で思ったこと。



tom_eastwind at 12:24│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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