2012年06月09日

東京新聞社説に思う

今日は「起業家及び投資家」のビザ枠のネタでいこうと思ってたが、東京新聞のあまりの恥知らずな記事に腹がたってしまったので原発の記事を書く。

 

★東京新聞社説より抜粋開始

「大飯」再稼働会見 国民を守るつもりなら

国民の生活を守るため、野田佳彦首相は関西電力大飯原発3、4号機を再稼働させるというのだろうか。国民は知っている。その手順が間違っていることを。このままでは安心などできないことを。 これは原発再稼働への手続きではなく、儀式である。

 西川一誠福井県知事の強い要請を受け、従来の発言をなぞっただけ、西川知事にボールを投げ返しただけではないか。誰のための記者会見だったのか。いくら「国民の生活を守るために」と繰り返しても、国民は見抜いている。そして儀式には、もううんざりだ。

★抜粋終了

東京新聞6月9日社説

 

ぼくは去年の311までは原発の危険性について何度もブログで書いてきた。とくに浜岡原発の危険性は緊急の課題であるとも指摘してきた。当時は周囲に「ばかじゃん?」と思われていたし実際に「原発が危ないわけないじゃん、だって政府が安全と言ってるんだよ」と言われることもあった。

 

けれど実際に原発事故が起ってからは出来るだけ原発に触れないようにしていた。「ほーらやっぱりだろうが!」なんて言えるほど笑い事の事件ではなくなったからだ。多くの方が地震と津波で亡くなり更に原発事故で自分の生まれ育った町から疎開させられた人々の事を考えれば気軽に扱える話ではないからだ。

 

なので少し控えていたのだが、東京新聞のこのような無責任で恥知らずな社説を見ると、これがまともな新聞人の書く内容かと2つの意味で腹がたった。

 

一つ目は東京新聞がやってるのはガス抜きであるって事だ。原発の再稼働が政府決定していることを知った上で「再稼働ハンタイ!」と書いても再稼働を止めることは出来ないって事実をよく理解した上で社民党など野党の無責任な言いっぱなしと同じく「ほーら、都民の皆様、私たちは原発再稼働にハンターイ!って言いましたよ」と責任逃れをしているだけだ。

 

もう一つ、もっと頭に来たのは、少なくとも新聞人なら知っているはずの基本的な知識「国家は国を守るが国民は守らない」という事実をねじまげている点だ。「国民の生活を守るため、野田佳彦首相は関西電力大飯原発3、4号機を再稼働させるというのだろうか。国民は知っている」って、一体何を言ってるのだ?

 

大東亜戦争で300万人の死者の多くが餓死であったという歴史的事実一つをとっても、日本国家にとって日本人とは使い捨ての駒にしか過ぎないのは分かりきった事だ。

 

戦況が日本軍に不利になる中、大本営の格好つけだけの為に始めたインパール作戦では兵隊に飯を食わせるための兵站線を全く無視して戦いを開始して3万人を超す将兵が蛇や樹の皮をかじりつつ、遂に戦うこともなく山の中で餓死した。「飯が食えないと戦えないのか!そんなのは日本皇軍兵ではな〜い!」と将兵の前で怒り狂ったのはインパール作戦当時の牟田口廉也中将である。

 

インパール作戦で多くの餓死者を出した本人は戦後も生き残り「自分の判断は間違ってなかった〜」としきりにマスコミで訴えた。「あれは私のせいではなく、部下の無能さのせいで失敗した」などとも恥知らずに主張していた。

 

ところがそんな恥知らずでも国家の支配層側にいたから政府によって命を保証されて戦後は軍人恩給を受け取り1966年まで東京で生活をしていたのだ。生き残った兵士に殺されなかっただけ幸せと思え、バカめ。

 

戦時だけではない、戦後1950年代に日本全国各地で起こった公害、特に熊本県水俣で発生した水俣病事件では認定された死亡者だけで314名もいた事実を国民はもう忘れたのだろうか?

 

国家にとっては「チッソ」という戦前から続く名門化学企業を守り戦争に負けた日本国の産業を再興発展させるために化学工場の操業を守りは、その為には田舎の漁師が何百人死のうが関係なかったのだ。

 

だから当時の役人が事件発生と原因を知った後も「今はお国のために操業を続けねばならない」と水俣病の原因が分かっていながら操業を続けさせて被害を拡大させた事は有名な事実である。

 

あいつら支配層のやってる事は基本的に「人殺し」である。国民を馬車馬のように死ぬまでこき使って自分たちが日本国家の代表として一番美味い汁を吸い、残ったほんの少しの吸いカスが国民に平等に行き渡るシステム。支配層にとって自分は日本国を支配する「神」であり「人」が死のうと病気になろうとどうでも良いのだ。

 

「だって1億人もいるんだよ、前の戦争で300万人が死んだって所詮3%、たいした事ないじゃん、ましてや水俣病で死んだのは所詮数百人、それより国家運営ですよ、わっはっは〜!あ、もちろん僕らは安全な東京で命を保証されてますからね、戦争に行くのは所詮田舎の農民だし公害で死ぬのは田舎の漁民ですから〜、え?原発?あれは本当は危ないから東京に作らないってのは当然じゃないですか〜、もう、冗談言わないで下さいよ、安全なら皇居の中に作れとか〜」と高笑いする声が聞こえる。

 

かと言ってもちろん国民全部がいなくなってしまえば困るのは支配層だ。使うべき奴隷がいないから自分でコメを作り野菜を育てなければいけない、だから常に国民を小分けにして、今回はこの層を潰してしまえ、この産業は50万人くらいだからいいや、日本にはまだ1億人いるんだからとなる。けど1億人全部が一発で滅びるような事はできねえな、こっちは今更手に豆を作って鍬を振るなんて事はやってらんねーもんな。

 

こうやって常にアフリカ大陸の草食動物の群れのように、ライオンが襲ってきて最後尾の一頭が生きながら食われている間に他の足の早い動物が逃げ切って、いつの日か自分が食われる日まで何とか生きてける、そんな状況が今の日本だ。

 

このような事実はいくらでも転がっている。「国家は国民個人を守らないのだ、守るのは国家を保持するのに必要な人数だけだ」という根本的な事実を忘れてはいけない、だから自分の命は自分で守るしか無いのだ。

 

何故今回頭にきたか、それは東京新聞はその現実を忘れたようなふりをして「国民を守るのが当然である」と書くことで国民に「あ、そーか、国家ってぼくら国民個人を守ってくれるんだ〜」と人々に思い込ませる高等技術を使っているが、分かってやってる、それが頭にくる一番の理由だ。言葉を使った騙しである。

 

お前ら自分の生活が大事なだけの新聞屋のやってる事が実は国民騙しであり根本的な問題から目を逸らさせる「国民の敵」なのだ!

一般的日本人はそろそろ新聞宅配を止めたほうがいいと思う、ほんとにバカが移るから。



tom_eastwind at 18:00│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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