2012年09月04日

人の気持ちが分からない人

人の気持ちが分からない人が増えた。日本では最近電車に乗る時に「ベビーカー」の扱いが問題になっている。どうやら都内の電車の話だろうと思うが、電車でベビーカーを邪魔者扱いにする乗客が増えてトラブルが起こってる。

 

そういえば数カ月前に移住された方が「日本では子供が邪魔者扱いにされたりするんですよ」と言ってたが、なるほどこの事か。

 

日本は昔と違って心に余裕がある人が少なくなった。そして学校でもとにかく競争ばかり教えていて子供は他人を省みる余裕もなく自分だけが何とか蜘蛛の糸を登ろうとしている。

 

今回の論争のポイントを読んでいるとベビーカーを利用しているヤンママは他人のことなど気にせずにベビーカーを広げたまま子供を座席に座らせて周囲に迷惑をかけてて、一般市民がそれに対して苦言を言えば「なによ、あんたに関係ないじゃん、ひっこんでろ!」みたいな態度になる。

 

それで一般市民がすべてのベビーカー使用者に対して「お前らいい加減にしろ!」となる。ところがきちんと礼儀正しくベビーカーを折りたたんで乗ろうにも座る場所がないから仕方なく開いたままの「正しい利用者」に対しても「おい、いい加減にしろよ、満員電車なんだから邪魔だろうが、他の電車に乗れや!」みたいなことになっていく。

 

こうして正しい行動を取っている人と傍若無人なヤンママが同一視されて結局はベビーカー利用者対一般客と言った間違った対立が起こってしまう。

 

たしかに都内でもベビーカーだけでなく妊婦や老人に席を譲らない「一般客」はよく見かけるようになった。昭和の時代じゃあり得んかったような話であるが都会に住んでる日本人が次第に他人を邪魔者扱いして自分だけ良ければという風潮が広がっているのも事実である。

 

自分たちが子供の頃は大人に助けられて大きくなったわけであり年を取ったら年金や医療など若者世代の世話になるのが分かっているのに、社会の中心部にいる中年層は自分だけの生き残りを図って電車の中で自分の座席を確保すべく他人を攻撃する。

 

集団で生きるってことは、今は自分が先頭をきって走ってるかもしれないがいつ集団の最後列になるか分からない。そうなったら次に脚切りされるのは自分だという事を理解しようとしない。集団の落ちこぼれを作らない仕組み、それが世代間の助けあいである。

 

世代間の助けあいが保障されているからこそ他人への思いやりが出来る。今の状態がもう暫く続けばいよいよ電車に乗るのも行列を作らず割りこむようになりまさに現在の中国人のようになるだろう。

 

ニュージーランドでは助け合いがごく普通に行われているし子供は常に社会全体で守るという意識が徹底している。子供は個人の所有という日本のような発想はない。だから例えば10歳の子供を自宅で一人で置いて外出すればこれはもう速攻で警察が飛んできて親は逮捕子供は施設に送られる。

 

それほどに社会全体が個人生活に干渉してくるのも子供が社会の宝であり次世代を支える若者だという認識があるからだ。だからバスに乗ってても老人や女性に対してすぐに席を譲る。そりゃそうだ、男は子供を産めないのだから女性を優先すべきだ(笑)し、いずれは自分も年を取って足腰が弱くなる日が来るのだから「その日のために」今から社会制度を維持する努力が必要なのだ。

 

それとくけ加えて言うと、ニュージーランドを訪れた日本人は皆キーウィの人の良さに呆れるほど感心している。もちろん人々は素晴らしくお人好しであり人を助ける事で自分が幸せになれる正確の良さを持っている。

 

しかし彼らだって白人だ、お前か俺かって生き残りになれば驚くほどにうまく立ちまわって自分だけが生き残ろうとする。白人は自分たちがそういう民族であるって事を理解している。そして皆が「人の気持ちを考えず」に「自分だけがいつも得をする」ような社会が長続きせずいずれ自己崩壊することを理解している。

 

だからこそ社会制度の中にうまく「自浄システム」を組み込んでいる。「他人のために働けばいずれ自分にも利益になる」し、それは自分の利益だけの為に働くよりも多くの利益を将来的に得ることが出来ると保障された目に見えないシステムがあるから子供を社会の宝として公共財産として守るインセンティブが発生する。

 

ニュージーランドの人の良さを理解する際に大事なのは、この「見えない自浄システム」を感じ取ることが出来るかどうかだ。

 

日本は昔から自浄システムが存在していた。誰も意識しないが、他人を助けることが自分を助けることだと分かっていた。日本では今そのシステムが崩れ始めている。なぜなら他人を助けるインセンティブがなくなり始めているし日本の学校教育から道徳がなくなって久しいからだ。

 

皮肉なものである、人間のずるさ弱さを認識した上でそれを人間が作ったシステムで補強をしようとして成功している国と、人間は良い人であると言う前提で何も補強システムを作らないからある日突然互助システムが崩壊し始める国。人の気持ちを斟酌していたらやっていけない国なんて、まるで中国や米国みたいだ。



tom_eastwind at 21:34│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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