2012年10月23日

損壊議員

損壊議員、懲戒議員、司会議員、狷介議員、滑稽議員、草履大臣〜

漢字変換をしたら様々な実態が見えてくる政治家であるが、どっかの法相はお食事券が汚職事件になるのも日常茶飯事の世界では「おらが村の山猿大将」が見えてくる。

 

青森ではすでに民間企業が青息吐息でお上頼りで原発関連施設がなかったら食っていけない、だから原発でも毒まんじゅうでも食ってしまえという話になっているが、それって要するに今までしっかり自分の頭で自分の生活を守ろうって考えがなかったからでしょ。

 

地吹雪でも外国人には観光名所になるって現実を理解している人は生き残れる。けれど地吹雪や自然をそこにある迷惑なものくらいにしか思えない連中は「うちは自然が厳しいし土地が貧しいから原発もらってけ」となる。実に貧弱な発想である。

 

自然が厳しいならそれを売り物にしろ!土地が貧しいならそこでワインでも作れないか?それでもダメならその土地から勇気を持って出てけ、新しい土地を開発しよう!などと言うと先祖代々のどうのこうのってセリフが出てくるのだろうが、そんなのはまさに弱虫で無教育でだらしなくて自分で何も切り開いていこうとしない卑怯者の逃げのセリフでしかない。

 

素晴らしい自然を持つ村を目先の金だけの為にぶっ壊すのが損壊議員であり、地元の街で身内や仲間内の利益ばかり配分して、けど手口があんぽんたんでバレバレだからすぐ逮捕される懲戒議員、地元の有力者の結婚式や葬式に顔を出して「いや〜この度は〜」とお喋りするだけなのが司会議員である。

 

まさしくバカで役立たずな連中が自分たちの生活する地域をどんどんダメにしている。自分の馬鹿さ加減を知ろうともせずに言い訳ばかりして逃げまわり結果的に地元に原発を導入して結果的に村を崩壊させていく。バカの極みでしかない。

 

民主党がマニュフェストに書いた群馬県八ツ場村ダムの工事中止にしても結局は役人や目先の金に釣られた連中が工事継続にして目先の金で自分の村の素晴らしい自然をぶっ壊してコンクリートの塊にしている。

 

こいつら損壊議員はまさに子供たちの将来を何も考えていない。今目の前にある問題だけを一番簡単に片付けてそれで自分たちはしめしめと逃げまわっている。そのような自分の子供達にツケを回して問題先送りをする連中が現在の日本の閉塞状況を作っているのだ。

 

江戸時代に五公五民で苦労した百姓でも、やる気のある奴らは新田開発をして豊かになった。考え方次第で世界はどうにでも変えられる。人間にできないことはない。自分で自分に壁を作るのが最も心の弱き連中のする逃げ口である。

 

逃げるな!戦え!考えろ!親からもらった脳みそを最大限に振り絞って自分と家族を守れ!歴史の大きな流れの中で避けられない運命があっても、流れの中で舵を使って左右に動くことは出来る。激流を下るボートでも単に流されるのではなく自分で舵を操って少しでも良い方向に舵取りをするのだ!

 

今日はシンガポールに来ている。東京では刺激的な経営者とお会いしてやる気が出て、また多くのお客様と面談が出来て、彼らが自分たちだけでは絶対に見えなかっただろう移住に関する提案をさせてもらった。

 

けど一つの面談時間が45分しかないのでかなり端折っていきなりプライベートなポイントにツッコムを入れる僕の姿勢は普通の生活をしている人にはとんでもない乱暴者に見えるだろう、その点はお詫びするが時間的制限もありご容赦戴くしかなない。

 

しかし現在の日本は本当に崖っぷちに来ている。ぼくは1970年代の日本、1980年代のニュージーランド、1990年代の香港やシンガポールや中国、2000年代のニュージーランドを見ながら、それぞれの街や国家の栄枯盛衰を見てきた。

 

どこの街や国でも繁栄する時のシグナル、崩壊し始める時のシグナルがある。これは新聞やテレビでは絶対に分からない、その場に流れるほんのちょっとした空気である。またそれを感じ取る感覚である。

 

仕事柄年中いろんな国を旅しておりそれがまさにぼくの仕事なのだが、定点観測をすればそこにいる人には見えなくても旅人には見えてくるものがある。ゆでガエルみたいなものだ。毎日村という鍋の中にいると少しづつ温度が上がっているのは気づかない。あまりに変化がゆっくりしているからだ。けれど気づいた時には逃げられない状態で茹でられて死んでしまう。

 

外から時々訪れて同じ場所の温度を測ると、あれ?前回よりも随分熱くなっている、そういう事に気づく。その街に住んでては殆ど感じ取れない温度差だが、旅人には感じることが出来る。

 

香港はすでに衰退時期に入っている。1990年代前半は香港が超イケイケ状態でハンセン指数が急上昇していたがやはり1997年に中国に飲み込まれてからその自由な勢いをなくしてしまいアジアの金融センターのハブ機能をシンガポールに奪われてしまった。

 

シンガポールも1980年代まではアジアの小さな国だった。水は隣国のマレーシアからもらうしかなくシンガポール内のマレー人と中国人の軋轢をどう処理するかで悩んでいた小国だった。マーライオン並みのちっちゃな国、それがシンガポールだった。ところが1990年代に入りリー・クワンユー首相の力強い統率力でシンガポールは民主的独裁国家として急成長して世界の金融センターの一つに登り詰めた。

 

それはすべてにおいてリー・クワンユー首相の危機意識と対応能力の素晴らしさにある。水がなければマレーシアに頭を下げて水をもらうが同時に日本企業と組んで海水から真水を取り出す技術を開発する。シンガポールは海に囲まれているのだから海水から真水を取り出せばマレーシアに頭を下げる必要もない、つまり国内にいるマレー人に対する優遇政策も不要となる。あと4年程度で真水取り出しが実現するとのこと。

 

中国は巨大過ぎて下手に近づけば飲み込まれてしまう、だからアセアンと日本を共同させて対中国包囲網を作る、けどそれは中国と完全に敵対化することではなく中国と対等の立場になる為の作業であり決して中国を批判することではない。けれどあまりに多くの中国大陸移民が来ればすかさず投資家ビザを停止する機敏さはある。いたづらに同じ事を繰り返すわけではない。

 

生きるってのは常に変化を恐れずに現実に立ち向かっていく事だ。現実は避けられないがうまく対処することは出来る、変化を恐れなければ。変化を恐れて問題を先送りして自分の頭を使わない連中、それが結果的に村を壊す損壊議員どもだ。



tom_eastwind at 14:42│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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