2012年10月27日

「沖縄が日本から独立する可能性はあるでしょうか?」

タイトルのようなご質問を頂いた。幅の広い答え方があるが言葉そのままに捉えてぼくなりに今までの沖縄に対する独学で見立てを書いてみた。かなり長いので興味の無い方は読み飛ばして下さい。

 

★抜粋開始

専門家の多くは、東シナ海にある釣魚諸島(日本名:尖閣諸島)の領有権を巡る中国と日本のあつれきに不安を抱いている。だが中国にはより過激な見解を持つアナリストたちがいる。そのようなは人たちは、この釣魚諸島を巡る論争は日本の沖縄県が多くを占める琉球諸島にまで拡大する可能性があると考えている。

 

中国の還球時報は7月、中国は沖縄県がある琉球諸島に対する日本の支配に関する法を見直すべきだとする社説を掲載した。沖縄県には米兵士を除いておよそ140万人が暮らしている。英国の「ファイナンシャル・タイムズ」紙が記事を抜粋して伝えたところによると、「中国は領土の一体性に関する論争において、日本と争うことを恐れるべきではない」という。

 

中国人民解放軍国防大学 ・戦略研究センターの所長を務める金一南少将は、さらに踏み込んだ考えを表した。所長は国営ラジオの番組で、釣魚諸島だけを対象とするのは「あまりにも幅が狭い」との見解を表し、中国は琉球諸島すべてに関する領有権問題を提起するべきだと述べた。

★ファイナンシャル・タイムズより

 

正確には井口ブログからの引用だが原文はファイナンシャル・タイムズから。沖縄独立は十分に有り得る。ただその視点はあくまでも沖縄を周囲の国家との距離感、つまり地政学からである。

 

古代沖縄が独立した国家であった事は殆どの日本人が知っている。日本と中国それぞれを相手に交易を行っていた貿易民族である。ちなみに昆布の消費量がつい最近まで日本一だったのは沖縄県である。

 

これは古代の日本海貿易で北海道あたりで採れた昆布などの海産物を十三湊、新潟、そして博多港から沖縄経由で台湾、広州ルートや福建から上海経由北京へ届けていた時代の名残である。

 

中国と日本両国と良い関係を取っていた沖縄だが中国が次第に海洋国家から鎖国国家に変化していき沖縄との関係も疎遠になるにつれ薩摩藩が沖縄に触手を伸ばして侵略してしまった。

 

江戸時代を通じて沖縄は薩摩に虐待され、江戸幕府も沖縄など所詮九州の更に南の小島の土人くらいに考えていたから沖縄がどのような扱いになろうと無視していた。

 

そして明治時代になると琉球処分が起こる。1872年の琉球藩設置から始まり沖縄を完全に日本の領土とする明治政府の一連の政治的的運動である。

 

政府は沖縄の人々は日本人というが東京のエリートの腹の中ではそのような事はみじんも思っていない。

佐藤優「外務省に告ぐ」P93

1880年に日本政府は中国にこんな提案をしたからだ。<琉球諸島を二分し、台湾に近い八重山・宮古の両先島を清國へ割譲し、その代償として日本が中国内地での欧米並み通商権を獲得しようというものであった。日本が提案し、しかもその実現に熱心であった。「分島・改約」案は、日清間で合意に達したが、清國側の調印拒否にあって、流産したものの、もしもそれが実現していたら、日本人の中国内地での通商権と引きかえに、宮古・八重山両島の土地・人民は、清國政府の管轄に移されていたはずである>原文は金城正篤「琉球処分論」1978年から引用

 

このように沖縄はその位置関係から日本および中国の間でつねに揺れ動いていた。尖閣諸島問題で中国に対して感情的になる人々の理屈で言えばその昔あなた達の敬愛する日本政府が沖縄の一部を中国に売り渡そうとしていた事実をどう考えるだろうか、是非とも知りたいところである。

 

ぼくが初めて沖縄の土を踏んだのは1970年代後半である。道路も未整備で南部戦跡では洞窟に入ると人骨があったり豊見城や糸満あたりでは誰も住んでおらず放置された民家があった。沖縄戦で家族全員が殺された家である。

 

国際通りのマクドナルドの前では顔一面が火傷の為に赤黒くなり髪も殆ど残っていない老人が行くあたもないようにぶらぶらと歩いていた。コザ市に行くと米兵相手のバーが軒を並べて派手な格好の女性が米兵の腕にぶら下がっていたものだ。

 

霞が関で働き電車に乗りクーラーの効いたマンションに住んでる「日本人」には思いもつかない世界だろうしどうでも良い世界の話なのだろう。

 

沖縄が返還されて沖縄の人々はやっと日本に戻れるとホンキで思った。けど結局基地は残り米兵に対しては日本国の法律が適用されず犯罪を犯しても逮捕出来ず犯罪人が米国に帰国しても追いかけることは出来なかった。沖縄の人はやっと夢から目が覚めた、俺達の土地は俺達が守るしかないと。

 

そして彼らは考えた。ここで義憤に燃えて独立すべきか。大田昌秀知事の時代はどちらかと言うと沖縄独立の方向性があった、琉球民族は大和民族から離れて独立国家となるべきだという意見だ。

 

しかしそこは元々貿易国家であり日本と中国の間という地政学的位置を利用して来た賢い人々である、大田昌秀の次を継いだ知事の時代あたりから独立という義憤に燃えて名を取って貧しくなるよりも現実を見据えて日本から金を巻き上げるという実を取った。

 

それが基地を抱える代わりに沖縄に対する様々な助成金を出させることである。金を取ろうと取るまいと基地はそこにある。どうせあるなら金を取ってしまえとなった。

 

同時にそのカネを今日の飯にするのではなく空港整備に使いモノレールを作り海洋博で東京によりさびれさせられた北部に一大リゾートを作り本土からの観光客を呼び寄せて政府の金だけでなく日本民族からも直接金を巻き上げる政策になったわけだ。

 

これが今の沖縄の繁栄の原点である。このあたりをしっかりと理解しておかねばいくら普天間問題や尖閣諸島や中国との軋轢などを感情的に声高に叫んでも所詮表層的な自己満足的感傷「わたしって何て愛国心があって優しい人なのかしら〜」としかならない。

 

日本はその国益のために沖縄を利用してきた。大東亜戦争時には沖縄を盾にして本土を守ろうとした。サンフランシスコ条約で沖縄を米国に譲り渡した。日本復帰後も核兵器を嘉手納基地に保有することを認めて来た。

 

官僚は米国と基地を利用して国家予算を「思いやり予算」として米国と自分の懐を肥やすために使ってきた。つまり日本民族は歴史的にただ一度として沖縄の人々を日本人並に扱って来なかったのだ、そしてそれは現在も続いている。

 

冒頭の沖縄独立はあるかというご質問に対しては「あると思う」がぼくの答だ。もちろん未来を完璧に予測することは出来ない。しかし今までの歴史を見て沖縄を地政学的に見て沖縄が以前は独立しており今も日本民族とは違う価値観で生きている以上、独立の可能性は十分にある。

 

時期的に言えば、21世紀に米国が第二国境線まで下がりアジアから離れていくあたり、つまり後510年程度で可能性が出てくる。日本政府としては思いやり予算が欲しいから米軍に出ていってもらうと困る。そのためには沖縄に金を落す必要がある。

 

しかし米国議会がアジアからの完全な撤退を決めてしまえば日本政府に止める力はない。従って様々な手段を打って米国が離れていくのを止めようとしている。尖閣で揉めれば米国が撤退を言い出しにくい。

 

しかし欧米流の冷徹な理屈でいけばいずれ日本は捨てられる。米国も金がないのだ、外国に派遣する余裕はないのだ。世界警察の立場を降りる事で少しでもその金を社会保障に充てて国内治安を守りたいのだ。教育に金をかけて貧しい黒人の立場を向上させたいのだ。

 

沖縄は基地があるから日本政府から金が取れるが基地がなくなれば二等国民に落とされるのは分かっている。だから沖縄から基地が出ていき沖縄が独立しても十分に自前で食っていけるような貿易国家となり観光資源インフラを整備してカジノを導入していけば独立の可能性は十分にある。

 

というか、独立しなければ二等国民になるのだから誰が座して死を待つような事をするだろうか?独立という選択肢しかなくなるのがものの道理である。そうなった場合に日本政府が「蛮民」をどれだけ足蹴にして独立を潰そうとするかが問題である。今時の日本で武器を持った直接的独立戦争が起こるとは考えにくいが公安と諜報を使い独立派の撹乱を図るだろう。

 

そしてその時には皆様の大嫌いな中国が出てくる。確実に出てきて沖縄独立を応援する、それは中華帝国が朝貢国家を増やすための常套手段である。そこが日中戦争の始まりになる可能性も高い。

 

米国としてはアジアが自立してもらった方が良い。しかしどれか一国だけが強くなって欧米に互角に適する程に強くなっては困る。だから日中を噛みあわせておく戦略は当然の判断であろう。今もアーミテージやジョセフ・ナイが東京や北京をたてつづけに訪問してアジアから離れるお駄賃がどれだけ取れそうかを計算している。

 

中国と日本の中間に位置して米国との付き合いもある沖縄はその地政学的立場を一番良く理解している。前回は中国が鎖国になって均衡が壊れて日本に侵略された。今回は日米中という三カ国の中で均衡が取れそうになっている。沖縄を囲む三カ国の均衡が取れた時、それが沖縄独立の引き金になると思っている。



tom_eastwind at 16:15│Comments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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