2012年10月29日

旅行屋の発想

昨日の話の続きですがぼくがクイーンズタウン時代に経験した事を書いてみます。これも長くなりますが業界の方であれば参考になるかと思います。

 

ぼくは1988年にクイーンズタウンに落下傘降下でやってきた。誰も知り合いがおらず何のつてもなく英語もろくにできない状態で到着して約2週間後にワークビザを取得してその2ヶ月後くらいには永住権を取得していた。

 

まさにぼくにとっては運に恵まれたとしか言いようがないが、それからの約4年はクイーンズタウンにそれなりに貢献出来たと思ってる。当時日本人ハネムーナーのメッカだったこの街に毎日大型バスで若いハネムーナーがやってきた。ぼくはそこで一種のフリーランス販売カウンセラー的な立場にあった。

 

ある時お土産屋のキーウィご主人がやってきて「おいtomよ、うちの土産は良い物を置いてると思うんだけど、実際店にお客は来てくれるんだけどなかなか買ってくれないんだよな、何か良い知恵はないかい?」

 

早速店を訪問したら原因はすぐに分かった。「ね、この棚に置いてある地元のちっちゃな絵とか彫り物だけどさ、これって一品物だよね。絵描きさんにお願いして同じ絵を20枚描いてもらって。彫り物も同じ、最低20セット揃うようにしてみて。出来れば50個単位が理想だよ」

 

おじさん、こいつおかしいのか英語がぜんぜん出来ないのか?って疑問に思ったようだが、とりあえずダメ元でやってみようという事になった。その一ヶ月後おじさんが突然ぼくのフラットに赤い顔をして息を切らしてやってきた。失敗だったかな〜と思いながら彼をフラットに入れると、椅子に座るなりだされたお茶も飲まずに封筒を出してきた。

 

「おい、お前はマジシャンか?お前の言うように商品を注文して先週店に並べたら、今週全部売り切れたよ、ありゃ一体何だ?」封筒の中にはそれなりの現金が入っていた。

 

「別にマジックでも何でもないよ、彼らハネムーナーは結婚式に参加してくれた人々に平等なおみやげを配る必要がある。だからどんなに良い物でも一品物は買わないんだよ、ぎゃくに少々品質が下がっても手頃な価格で均質な品物の方が売れるんだ」

 

それ以降クイーンズタウンでハネムーンをターゲットにしたお土産屋は方針変更、キーウィのマスコットやコースターを山ほど並べるようになった。

 

ある時はホテルのマネージャーが訪ねてきて「あのさ、日本人が来てくれるのは嬉しいんだけど、あんまり朝食を食べてくれないんだよね。ちゃんと美味しく作ってるつもりなんだけどさ、目玉焼きとかも」

 

「ふーん」しばらく考えて言った。「あのさ、オークランドでこんなものを売ってるはずだからそれ買って日本人の朝食会場のテーブルに置いてみたら?」

翌月このマネージャーがにこにこしてやってきた。「tom、あのマジックはなんだい、皆がばくばく食事をしてくれるようになったよ!」

 

何のことはない、お醤油の小瓶をテーブルに用意させたのだ。1980年代の日本人が初めての海外旅行でクイーンズタウンに来る頃は4日目だ。すでに西洋料理に飽きて醤油系の味が欲しい、ところが出てくるのはあいも変わらずバターと塩コショウ。これでは胃袋も食指が湧かない。

 

そこにお醤油の小瓶があれば目玉焼きにちょっと垂らして大豆の香りを楽しみ醤油独特の塩味でばくばくと食べることが出来る。

 

それ以降そのホテルのバーではワカティプ湖が見える一番良い席に客として座ることが出来るようになった。英語は下手でも隣に座る地元の有力者から「面白い奴だね」と思われたようでよく話しかけられた。

 

一番おもしろかったのは僕がビザを取ってもらった中華料理店での話だ。クイーンズタウンに到着したぼくは客としてそのレストランで夕飯を食っていた。ほぼ3日続けての訪問だ。炒飯、焼きそば、どれもすごく美味しくて、夜の6時になるといつも一人で食ってた僕をご主人は変な日本人と思ったのかもしれないが、ある時向かいの椅子に座って「よう、いつも一人だね、旅行かい?」と会話が始まった。

 

ぼくは「長期滞在だよ、昔この街に来て、仕事をやめたら一度はここでゆっくりしたいと思ってカバンに本を一杯詰めてやってきたんだ、元々旅行屋なんだよ」と何の気なしに伝えた。すると彼はガバっと背筋を戻して「おい、それなら教えてくれよ、うちは日本人ツアーに昼飯を出している。旅行会社も予算を沢山くれるので一番高いメニューを出しているんだけどさ、どうもあまり喜んで食べてくれずに困ってるんだよ」

 

そこでぼくは昼食のメニューを見せてもらった。あ〜あ、これじゃダメっしょ。「あのね、明日からこんなメニュー出してみたら?確実に皆お代わりするよ、その時は遠慮なく追加料金をもらうことも忘れないでね」

 

そして翌晩お店を訪問するとご主人がびっくりした顔で僕のテーブルに来ていきなり「これ飲め!」と一番高そうなブランデーを持ってきた。「どう?効果あった?」と聞くと、彼は身を乗り出して来て「お前さ、明日からうちで働いてくれ、夜だけでもいいし好きな事をしてもらったらいい、日本人ツアーが来てる間だけでいい、ビザも取る、給料もきちんと払う、来てくれよ」と頼まれた。

 

何が起こったのか?実はその店で当時最高級の飲茶としてお客様に出していたのは鴨の舌とか鶏の足とか、栄養価も味も良いのだろうが1980年代の日本人が食べるにはあまりにも行き過ぎたメニューだったのだ。

 

そこでぼくは酢豚に海老チリ、焼賣に海老蒸し餃子と焼きそば、ついでに炒飯を出させるようにした。これが、オークランド到着から4日目の洋食に疲れた日本人の口にピッタリ合った。彼らは久しぶりに食べる美味しい中華で大食いをして追加料理を注文して店は大儲け、手配した旅行会社は日本の旅行会社からお褒めの言葉、レストランは大口のツアーの手配が舞い込み、ぼくはそれから美味しい中華料理を無料で食べることが出来てこの店で永住権を取得したのだ。

 

その後ぼくはこの店でもう一つ面白い仕掛けを作って大当てしたのだがこれはまだ今でも使える手口で時効が来てないので(笑)内緒。そのうち誰かがばらしたら僕もばらします(笑笑)。

 

旅行における売上ってこんなもので、ほんのちょっとだけやり方を変えれば売上は思いっきり変化する。とくに原価があってないようなお土産なんてのは、一発当たれば大儲けだ。

 

何でこんな下らない自慢話みたいな事を書いたかというと、小売店の店主さんに「時代は変わっても基本的な売り方は変わらない、顧客視点で見れば何でも売れる」という事を理解してもらいたいからだ。

 

今から50年前に水が売れるなんて思ってた人はいなかった。ところが今は誰もがペットボトルを持ち歩く時代になった。現在もニュージーランドの水を日本に売ろうとしている日本人がいる。ならば次はニュージーランドの空気を売ってみればどうだろう?

 

旅行屋が売っているものは何か?それは夢や体験である。思いもよらない体験、テレビで観た景色の中に自分がいるという再確認の満足、そのどれもが形のない商品である。

 

売ってるものが冷蔵庫であれば店員が少々態度が悪くても性能が良ければそれほど問題ではない。けれど旅行では経験がすべてであり添乗員の腕一つで顧客満足度は全く違ってくる。

 

昔ぼくらの世代の一つ上の旅行屋で本当にプロだなと思わせた人々は1970年代前半のニューヨークで開かれた何かの会議に日本人を連れて行った時、お客に内緒で電気釜を持参した。そして朝ごはんの会場で電気を借りて(変圧器はホテルで用意してもらった)ご飯を炊き、海苔と味噌汁で洋食に疲れた参加者の胃袋を優しく温めたものだった。

 

プロの思いやりとは東京からニューヨークまで電気釜を運ぶ、そこまで徹底したものである。そして気遣いさえ出来れば旅行屋は原価不要で誰にでも出来る、思いやりの気持と顧客視点さえあれば。自分の手間とか面倒くさいとかこのへんでいいやって思ってる人間にプロの旅行屋は務まらない。

 

これからこの業界に入ってみようと思う人には是非とも理解してもらいたい。旅行業界は情報業である。お客様はぼくらにホテルを建てろとか飛行機を飛ばせなどと要求していない。そういうパーツをうまく組み合わせて旅をする人が楽しい夢を見られるようにすることだ。その為の情報であればどのような内容であろうと知識を振り絞ってあちこちから集めてお客様が喜ぶように物語を作り提供することだ。

 

もしお客様がミルフォードサウンドに行く途中の休憩場所で道路をじっと見てたら道路を専門とする土建屋かもしれない。ならばニュージーランドの土壌や道路の作り方を説明すれば喜ばれるだろう。

 

専門でもないのに自分が何でそんな事しなくちゃいけないのって?専門じゃないならこの瞬間から勉強して専門になりなさい。何故自分がしなくちゃいけないの?勉強したくないならしなくても良い、明日から違う仕事を探してください。

 

働くとは自分を日々成長させることであり顧客に尽くす事だ。そしてこの業界で最も要求されるのは人の気持ちが分かり解決方法を常に提供出来る人材である。自分が自分がと威張って取引先にでかい態度で値引きを要求したり「なんでうちがこんな事しなくちゃいけないの?」と自分で勝手に自分の仕事の範囲を決めて顧客の要求を理解出来ない偉ぶる人材ではないってことを。

 



tom_eastwind at 13:45│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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