2012年12月18日

二世部隊物語

★抜粋開始

【ワシントン=伊藤宏】米上院歳出委員長で、知日派の重鎮ダニエル・イノウエ上院議員(民主党、ハワイ州選出)が17日、呼吸器合併症のため、ワシントンDC近郊の病院で死去した。88歳だった。イノウエ氏の事務所が発表した。

 

 1924年、福岡県八女地方からハワイに移住した日本人の両親の間に生まれた日系2世。第2次大戦中、米陸軍の日系人部隊に参加し、欧州戦線で右腕を失った。日系人部隊での功績は、偏見を受けていた日系人の存在を米国内で高め、米軍人最高の「名誉勲章」を受けた。

 

 59年、日系人として初めて連邦議会議員(下院)に当選。63年からは連続9期、上院議員を務めた。在任期間は約50年間にわたり史上2位。

★抜粋終了

 

ダニエル・イノウエ氏の名前を初めて知ったのはぼくが小学生高学年の時に望月三起也の漫画「二世部隊物語」を読んでからだ。へー、戦前はハワイに移住した日本人がたくさんいたんだ、そして彼らの子どもたちは母国と祖国の間で悩みながらも米国内で敵性国民収容所に入れられた自分たちの親の無実と米国への忠誠心を示すために442部隊に志願し欧州の最前線でドイツ軍やイタリア軍と戦ったんだという事を初めて知った。

 

その当時は自分が移民になるなって思いもしなかったけれど、それでも世界には凄い日本人が住んでいるんだとびっくりするやら感心するやら。山崎豊子の「大地の子」は勿論まだ世の中に出てない時代の漫画であるが、事実はまさに小説より奇なりを地でいくような実話である。

 

そしてその実話の442部隊で戦い右腕を失くして英雄として戦後はハワイで政治家となり遂には上院議員として戦後の日本政界と米国政界の橋渡しをした。「トラは死んで皮を残す、人は死んで名を残す」とはまさにダニエル・イノウエ氏の為にあるような言葉だ。

 

その後海外に出た為に日本の書籍を入手出来ず、amazonもなければネットもない時代が続いて、ダニエル・イノウエ氏が従軍した442部隊がどのような戦いをしたかを調べるヒマはなかった。

 

ネットがサクサクと利用出来るようになった21世紀に入ってから昔の記憶を呼び出して検索してみたら、本当にこの部隊の戦いはすごく、米軍で最も強い部隊であり最も脱走の少ない部隊であり最も多くの勲章を得た部隊でもあるという事が分かった。

 

その時のブログをちょっと長いが下に添付しておく。記事は2011年だが元記事の初稿は2003年だが実際にニューヨークに現地視察に行ったのは9・11の翌年2002年の冬だ。移住を検討している方には拙筆だが是非一度読んでもらえればと思う。

http://tom.livedoor.biz/archives/51971731.html

 

実際に海外に移住して移住先の国家で生活をするとは要するにこれだけ腹を括って生きていく事なんだな、こんな事が俺にできるだろうか?自分で常に胸に手を当てて考えることだし、実際にニュージーランド移住の受け入れをする際も僕自身の心構えとして「こんな時ダニエル・イノウエ氏だったらどうするだろうか?」と考える癖が身についた。

 

これから移住を考える皆さんにも是非とも知ってもらいたい人物であり、移住することは良いことばかりではない、時には移住先の国家から忠誠を求められる事もありそれが命を賭してでもやりぬかねばならない時があると知ってほしい。

 

命は賭けられない、けど自由と平和だけは欲しいなんてのは通らない。権利と義務は常に表裏一体である。

 

第二次世界大戦当時、米国ハワイ州にダニエル・イノウエという将来を期待された若者がいた。祖国と母国の間に挟まれて、彼は誰に強制されたわけでもなく自分の決断で武器を取って家族のために欧州の最前線に戦いに行った。そして右腕を失くして母国である米国に帰還した、英雄として。

 

人は死して名を残す。ダニエル・イノウエ、大往生。



tom_eastwind at 19:24│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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