2013年01月06日

地球は狭くなりました

沖縄最後の観光地、首里城を後にして一旦ホテルに戻って荷物を取り那覇空港へ。国内線はびっくりするほど綺麗になっている。ぼくが沖縄に着ていた1980年代はまだちっちゃな空港で空港ターミナルの入り口には免税店の営業担当者が真夏の暑い炎天下で首にタオルを巻いて入り口手前にウイスキーやパイナップルの袋を並べて出発する観光客に渡してたものだ。

 

当時の景色を知っている人からすれば隔世の感がある現在の那覇空港国内線であるが、国際線に行くとまさに往時を偲ばせるボロさ。空港ターミナルというよりは飛行場の待合室って感じで、狭いし手続きはダサいしこれが国際線かと思わせる。

 

何だか国際線を利用する米兵を素知らぬふりをしていじめているのかと思わせるほど何のサービスもなくまるで豚を行列に押しこむ感じであるが、肝心の米兵だって極東に追いやられて安いチケットで里帰りするような田舎の連中なんだろう、気にしているふりはない。

 

それは中国行きや香港、台湾行きのお客も同様でターミナルの汚さなんて全然気にしていない。そりゃまあ中国国内の空港に比べればずっとましかもしれないし少なくともこの空港では公安警察もいないし言いたい事は言えるから文句もないのだろう。

 

面倒くさい登場手続きをしてからターミナルの左端にある搭乗手続き口から右端っこ(とは言っても歩いて1分もかからない)にあるセルフサービスの軽食店に行く。そこで子どもたちにソーキそばを初めて食べさせたのだが、これがわりかし受けたようで奥さんは「これって台湾の麺みたいね」とか言って喜んでた。

 

那覇から香港までドラゴン航空で約2時間の旅。いかに沖縄が中国と近いかよく分かる。香港名物のフカヒレスープやあわびは日本の三陸海岸で穫れた干物を使っている。今から何百年も前にはぼくらが飛んでいる空の下を船で那覇から台湾、香港、福州に送っていたのだろうな。

 

ドラゴン航空機内で出る簡単な食事は今回も日本式カレーライス。味はちょっと甘目で悪くない。香港に着いて現代的なターミナルの百楽レストランで中華料理を注文してここで家族はやっと一息。とくに奥さんからすれば久しぶりのまともな中華でありほっとしている。

 

東京のホテルでもミシュランで星を取るような中華料理店があるのだが、奥さんから言わせれば所詮偽物の日式中華であり、そこを突っ込まれるとどうしようもないので今回の日程では日本国内では一切中華なし。

 

たしかに日本人はイタリア料理もフレンチも日本式に作り替えて器用に料理をする。アメリカのステーキなどは日本の方が余程繊細に作り上げられている。しかし中華だけは味の深さにおいてどうしても本場の香港には叶わない。

 

ちなみに中華と言えば香港が世界で一番美味しい。それは台湾でも上海でも北京でもなく香港だ。これは歴史的な経緯があるのだけど書きだしたらきりがないのでとりあえずぼく主観的事実だけ書いておくと、香港が北京、潮州、福建、湖南、上海、四川などのすべての中華料理が食えることが大きな特徴だ。

 

百楽で食事後に炒飯と炒麺を持ち帰りで注文する。これは機内で食べるためだ。出来合いの機内食を食べるよりは少し冷たくてもこの店の炒飯の方がよほど美味い。

 

今回の旅では沖縄から香港までが2時間、乗り継ぎ時間が3時間あって香港からオークランドが10時間ちょっとで、オークランドには13時に到着した。

 

今は成田からオークランド直行で11時間かかる。香港からオークランドも約10時間なのでほとんど変わらない。世界地図を見ると成田の方が遠く見えるが、地球儀で見ればオークランドから東南アジアはすべて同距離である。

 

オークランドに帰って航空関係の記事を読んだ。2020年頃にはニューヨークからロンドンまで1時間で飛ぶ旅客機が出来るだろうとか。マッハの時代になればオークランドまで3時間程度のたびになる。

 

初めてニュージーランドに来た時はクライストチャーチからクイーンズタウンの国内線などセスナが飛んでた時代だった。荷物が入らないからと10人の搭乗客に対して2機のセスナが飛ぶ。一機は荷物用だ。

 

それから時代は変わった。今ではクイーンズタウンにもジェット機が就航している。時代はどんどん変化していく。変化の先にあるのはボーダーレス時代だ。ひとつの国を生活の拠点として他の国を仕事の拠点とする時代が来る。

 

そうなれば国家が人を惹きつけるための魅力を持たねば人は集まらなくなる。日本に生まれたという理由だけでいつまでも日本人が日本に残ると思うなよ。優秀な人間は彼らにとって魅力的な国に移る。

 

中国人は世界中どこにでもいる。それでいながら彼らは数世代前の自分の故郷を今でも故郷としており愛しており金が出来れば故郷の村に自分の名前を付けた学校を作り病院を作り、その村出身の若者が自分の町に来れば面倒を見る。

 

まさに世界をまたにかけた互助会である。長期的な信頼関係が互助会を支えて地域社会で一定の発言力を持つことが出来る。

 

日本人はまだまだ日本国内でどうにかしようと考えている。けれど旅客機がどんどん進化してネットがますます発達した先にあるのはボーダーレス社会だ。愛国と愛政府は違う。それは中国人が一番良く分かっている。彼らは愛郷愛国だが政府を愛していないどころか憎んでさえいる。自分たちの故郷から金を巻き上げるだけの共産党政府のどこが愛せると言うのだ?

 

日本政府は中国共産党政府と比較すれば「まだまし」である。しかし国民を騙して金を巻き上げるという世界中の政府が持つ根本的な意味での「不合理な存在」としては中国共産党と全く同じである。

 

日本人が愛しているのは政府ではなく故郷であり生まれた街の山や川や海の景色であり同じ村の仲間だ。政府は社会全体の安定を支えるだけのしもべでしかない。そのしもべがいつの間にか腐って権力を乱用するから世の中がおかしくなっていく。

 

しかし21世紀は確実にそのような国家は滅亡していく。これから国家は自分の国を発展させるために一番大事なお客様が国民になるのだ。国民は政府のやることが気に入らねば他の国に行く。転職と同じ感覚である。

 

日本政府に残された時間は少ない。優秀な人々を引き止めるためには魅力的な税制や平等な社会、法律が守られる社会を作らねばならない。それが出来なければ優秀な人々は出ていき失業保険で政府にぶら下がる人間だけが残る。

 

その時になって「お願いです。日本人の皆さん、日本に戻ってきて下さい」と言ってもそりゃ無理だ。バカをやったのはあんたの方だ、今更戻ってこいと言ってもねーって話である。

 

繰り返すが21世紀はボーダーレスになる。確実になる。その時になるまでに努力をして自分を磨いて移動の自由を行使出来る人間は自由を勝ち取りダラけた生活で努力をしない人間に自由は残されていない。

今日のタイトルの「地球は狭くなりました」はオフコースの歌だ。「翼があれば鳥のように飛べる、そんな夢を見てる頃はみんな幸せ」1973年に作られた歌。いつの時代も人は自由を求めている。しかしそれを実現出来る人は一握りしかいない。一握りに入るために努力するか、最初から諦めるか?

 



tom_eastwind at 17:30│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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