2013年03月27日

まほろば

「殺風景」という歌がある。
「あなたが嫌いになったわけではありません、
あなたより好きな人が出来ただけのことです」

さだまさしがグレープだった時代の歌。結構ファンが多い。

 

最近の移住問い合わせで目立つのが「私と子どもは何としてでもニュージーランドに移住したいんです。けど、主人がどうも乗り気じゃなくて」である。こういうケースは結構多い。
 

「遠い明日しか見えない僕と足元のぬかるみを気に病む君と」

これもさだまさしの「まほろば」の一節だ。

 

本来なら男のほうが未来を語り女の方が目先のことを気にするのだから移住を先に考えるのが男であり「そんな危ないことを!」と止めるのが女性である。

 

5年くらい前までは移住説明会でご夫婦で参加されてる時も旦那さんによく言われた。

「うちの嫁はどうも腰が引けててですね、説明会の時は学校の話とか良い話をお願いしますよ」と言われても嘘を言うわけにはいかない、困ったものだと思った記憶がある。

 

そういうご夫婦が子どもを連れて下見に来るのだが、いざ来てみるとほぼ100%の確率で奥さんが乗り気になる。「ねえ見て!学校に芝生があるじゃない!すごい!子どもたちが楽しそうに遊んでる!」

 

そして下見後の個人面談で話すと今度は奥さんがすっかり乗り気になって、旦那は今までは格好良い夢みたいに「おれってさー」的なノリだったのが、いざ本当に移住となると急に現実的問題、今の仕事辞めるのか?現地で仕事見つかるのか?おれって裸一貫になって本当に会社の看板なしで自分の力だけで食っていけるのか?と急に不安になる。

 

ところが奥さんからすれば実際にニュージーランドに行って現地を見てみると、将来のない日本で子育てをするよりは今のうちにニュージーランドに渡って子どもをバイリンガルに育ててオークランド大学に入ってもらい国際人になってもらいたい、そういう現実的な夢=足元の事が見えてくる。

 

ここで夫婦間の葛藤が始まる。日頃は偉そうに立派なことを言ってるだんなが急にチキンになって守りになる旦那。何だこの人、結局この程度の人だったんだと奥さん悟る。そして奥さんは一人でとっとと移住支度を始める、旦那を放置したまま。

 

ここから道が二つに別れる。旦那が黙って付いて来るなら良し、そうでなければ別れましょ、けどこれ以上こちらから付いてきなよって言わないよ、だ。

 

旦那は悩む。どうしよーかな、今の生活は適当にサラリーマンやって黙ってても業績悪くても給料もらえるし社内でも夢語って偉そうにしてれば若い女子社員なんて「きゃー、係長、素敵!」とか言ってくれる。

 

「しっかしなー、ここで離婚すると社内の評価下がるし、かと言ってニュージーランドに付いて言って食える自信ないしなー、あーどうしよー」って事になる。

 

結果的に日本を離れる前に離婚するケース、とりあえず一緒にニュージーランドに行ってやっぱりうまくいかないからってオークランド離婚するケース、様々なケースを見てきた。

 

ところがここ1~2年で特徴的なのは、旦那は一切夢を語らず今の日本の生活を頑なに守り奥さんが子どもと一緒に行くと言っても「じゃあ行けば?おれ、イカないよ。金は適当に送金するからね」ってケースが目立つ。

 

つまり今の男は最初から夢など見なくなったのだ。日本という現実があまりにも大きく、一旦この国を出てしまえばニュージーランドでうまくいかなかったからって戻る場所がない、それが無茶苦茶現実的になっているからだ。

 

最近自民党が「正社員雇用解雇緩和」についてワーキンググループを作って検討を始めた。今まで大手企業では正社員は定年までほぼ無条件に守られていたから役立たずでも「追い出し部屋」にしがみついていれば給料だけはもらえた。

 

しかしそれは雇用の硬直化を生みゾンビー企業でゾンビー社員=社内失業を生み企業に無駄な人件費を抱え込ませることになった。

 

このムダを解消して解雇緩和して解雇された人は人材を必要としている成長産業にシフトさせる、これが安倍自民党の戦略だ。もちろん反対意見も多い。「解雇しても40過ぎの能力のない男に次の仕事と言えば介護、警備員、コンビニくらいしかないではないか!」

 

ちょっと殺風景と話はそれるが、これはぼくがいつもいう自己責任だと思う。会社に入っただけで一生が保証されると「思い込んだ」人たちがその後自分の労働価値を高めるために何か努力をしたのか?自分が労働商品であることを認識して労働市場で高く売れるように自分を磨いたのか?

 

そういう努力をせずに結果的にリストラに遭った場合、それが企業の責任か?社会の責任か?自己責任だろう、ぼくはそう思っている。

 

僕自身日本にいた頃は夜の時間を使って自分で英語の勉強をしたりコンピューターが本格的に仕事に必要になれば使いこなすために苦労もした。香港に落下傘降下した時は一切学校に行かずに仕事しながら広東語を学んだ。

 

その当時に学んだ英語や広東語やコンピューター技術が今生かされている。ぼくはどちらかと言えば女に近いのか、遠い夢など観もせずに足元のぬかるみばかり見て今やるべき事を考えぬいて実行してきた。その結果としていろんな国を渡り歩くことになったのは運命のめぐり合わせか不思議な気がするが(苦笑)。

 

香港人は学校で様々な専門的知識を身につけてどこかの会社に就職するとすぐに次の転職を狙って新しい専門知識を夜の時間を使って自分のお金で学ぶのが普通だ。うちの奥さんやその友達は御飯食べるのが大好きだけど、一緒に夕食の予定が合うのは週に一回もなかった。皆それぞれ夜間学校に通っていたからだ。

 

おかげで奥さんの友達は厳しい香港の状況でも自宅を購入して、とくにある女友達は結婚もせずにローンの終わったアパートに住み独身生活を楽しみ毎日ばりばりと仕事を楽しんでいる。

 

結局アリとキリギリスみたいなものだ。常に努力をして前進する人と、会社に就職したらそれがゴールと思って毎日遊び耽る人との違いだ。

 

話をもとに戻すと、彼ら男性は今の社会が10年前の社会と、いやおそらく5年前の社会とも決定的に変化した事を直感で分かったのではないだろうか?だから変な夢など追わずに現実にすがりついて生きていくことを選んだのではないかな。

 

今の時代、遠い明日を見る女と足元のぬかるみを気に病む男の時代になった。まほろばの意味は「素晴らしい場所」「住みやすい場所」って事で昔は美しい日本の国土とそこに住む人々の心を讃えた古語だとのこと。

 

今の時代、まほろばが日本ではないことに気づいた女性は外国でまほろばを見つけてそこに移り住もうとしている。まほろばなど考えもしない男たちは、いずみやしげるの“春夏秋冬”のように「何でもやります、贅沢は言いません」と今日の飯と酒を与えてくれる飯場の追い出し部屋を選ぶ。

 

うちの会社の社員は約20名。殆どが女性だ。別に女性を優先的に選んだわけではない、大体ぼくには人事権はない(苦笑)。結果として能力を追求したら女性しか残らなくなったというだけだ。

 

「あなたが嫌いになったわけではありません、あなたより好きな人が出来ただけのことです」そう、結婚した時はあなたが好きだった。けどあなたはそこで立ち止まってしまった。わたしは前に進んでいった、そして新しい世界を見つけた・・・さようなら、あなた。

 



tom_eastwind at 14:36│Comments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

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