2013年06月22日

藁の楯

前回の出張の際に福岡で何とか時間を作ってホテルの隣の映画館に仕事終わりのスーツ姿のままぎりぎりの時間で飛び込み何とか最初から観ることが出来た。

大沢たかおの演技がすごいとか松嶋菜々子がいいとか退屈とかのマイナス評価もあったりとかで何かと話題が多そうだったので何年ぶりかで映画館に足を踏み入れた。

 

幕が開き映画が始まる。

 

舞台はまるでジャズバンドのウッドベースのように常に底辺を暗いブルースが流れている。そして続いて激しいドラムが叩きつけるように描写していく、画面の中で法を守る為に戦う者達と正義を守る者達、そして目先の金に釣られた人々との間の銃撃戦を。

 

舞台の上でサックスが吹き鳴らす激しい感情の燃え上がりとその後に流れる切ない音が人々の本音の部分を少しづつ切り出していく。

 

この舞台の参加者皆がそれぞれ少しづついろんな本音と建前を並べつつ前半のミステリー部分が進んでいく。中盤あたりから次第に一人ひとりの本音が見えてくるが、まだ誰が本音で語っているのか分からない。

 

この映画は結局「守るとは何なのか?」を徹底的に視聴者に問いかけてくる映画である。君は法を守り家族を殺すのか?君は家族を守り法を破るのか?君は職務に忠実であれば人間としてのルールを破っても良いのか?

 

映画は様々な場面をくぐり抜けながら、一体社会における法って何だ?人間が守るべきルールって何だ?と徹底して聞いてくる。それに答えずにいくら映画を観ていてもそれは観ている事にならない。

 

だから映画の主題をあまり理解出来ない、デートで来ている若い女の子は途中で完全にアタマを倒して寝てた。たぶん彼女にとっては「ばっかじゃーん、みんなでバンバン鉄砲撃ってさー、平和第一じゃーん、ぐーぐー」てなところだろう。

 

この映画を観る時のポイントは次から次へと問いかけてくる「あなたならどうする?」の質問に対して自分なりにきちんと法と秩序と社会の成り立ちを理解した上で問題整理をしながら順々にそれらの映画の問いかけをテーマごとに仕分けして最終的に「おれならこうする」という結論を出すことだろう。

 

答えはいくつあっても構わない、まず自分なりに答を出すことが何よりも大事だ。

 

この映画では最初の主題は「警察が守るべき法とは何か?その法とは人間が根源的に持っているものよりも優先するのか?」である。この答えは実は日本の警察の在り方にも根源的な問題を提起している。

 

それは法と秩序の問題である。警察は法と秩序を守ると言いつつ、では法と秩序が対立した場合どちらが優先されるのか?という点である。

 

ではどのような状況で法と秩序がぶつかるか?例えば違法捜査によって犯罪者を見つけ出して逮捕することで未然に大規模テロ事件を防げるとする場合、違法捜査を認めるのか?これは潜入捜査やおとり捜査があるしもっと言えば司法取引も違法と判断することも出来る。

 

米国などでは大きな悪を捕まえるために小さな犯罪を見逃す司法取引という習慣がある。日本では小さくても悪は悪という考え方がある。国民の財産と生命を守るために違法捜査をすることが正当か?法を破っても秩序安寧を守ることに正当性があるのか?

 

そして予防逮捕という考え方は正しいのか?まだ犯罪を犯していないが危険性がある場合に予防的に逮捕拘置するという考え方だ。

 

日本の警察は戦前は法を守るために予防逮捕という考えがあった。まだ悪いことはしていない、しかしいずれこいつは悪いことをするだろう、だから今のうちに逮捕しろって考え方だ。逮捕後に警察署で拷問にかけて犯罪の意志があった事を認めさせて有罪にして形式的な裁判の後に刑務所に放り込む。

 

この場合の良い点は例えば少女強姦を繰り返すような男が出所後少しでもおかしな動きをしたらすぐに刑務所に放り込める点だ。ストーカー事件でも同様だが、もし潜在的被害者である女性が警察に訴えでたら警察がすぐに動きストーカーを逮捕して刑務所に放り込める。

 

ただこの方法は国民のために法律が回っている間は良いが、一旦これが権力の手中に陥るとある日突然政府に反対意見を述べただけで刑務所に放り込まれるような事態が発生するという事だ。戦前では蟹工船事件などが有名だ。

 

戦後はこの予防逮捕の反省に基づき事後逮捕に切り替えた。実際に犯罪を犯さない限り警察は民事と判断して「民事不介入」のルールの元、警察は事件が実際に起こるまでは手を出さなくなった。つまりストーカーが実際に犯罪を起こさない限り警察が取り締まれないという状況を創りだしてしまった。

 

だからストーカー殺人事件が発生してそれ以降も同じような事件が発生しそうになっても予防することが出来なかったのだ。

 

そこでストーカーに関しては別に法律を作り対応するようになった。これで予防的にストーカーを排除出来るようになった。もちろんこの法律が完璧に運用されているわけではなく常に失敗はあるが、それでも法律がなかった時に比べればずっとましだ。

 

いたいけな女の子を強姦殺人した元殺人犯といえども刑務所で一定期間過ごしたら罪は終了でありそれ以上裁くことは出来ない。しかし強姦殺人犯が出所してまたも同様の事件を犯したら誰が責任を取るのだ?米国では少女強姦犯については出所後もその男の居住地を常に公開して周囲に喚起を呼びかける制度がある。

 

これは個人のプライバシーの侵害であるのか社会全体で社会の宝である子どもを守る正しい措置なのか?自分の子どもや孫を殺された時に親が取るべき正しい態度とは?正義とは何か?

 

この映画に対する評価が「期待はずれ・・・もっと激しい銃撃戦を期待してたのに」というのもあれば「考えさせられた、真剣に・・・」という評価もある。ぐーぐーと寝てた子には期待はずれであっただろうが、ぼくは日本が良い映画を作り始めたなとうれしくなった。

 

映画を見終わって下のフロアにあるラーメン階で久しぶりにこってりしたとんこつラーメンを食べる。うむむ、これも相変わらず旨いっす。



tom_eastwind at 10:14│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 | 最近観た映画

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