2013年07月01日

忙しい7月が始まった。

この一週間は個人的な事で忙しかった。仕事をしつつ、つまり午前6時にベッドを出てりょうまくんの朝ごはんを作って慌ただしく車を出してラッシュアワーの最後の列に乗って社会主義者の残存である区役所が運営する駐車場(月極で借りていながら他の車が平気で駐車してても“いいじゃないか、お前は他の場所に停めれば”とほざく原始共産制の連中の巣)の会社用の駐車場に車を停めて朝9時に会社に到着して100通以上のメールに目を通しつつ9時半過ぎから移住チーム約10人で定例の朝会議をやって前日までに来たメールの問い合わせをそれぞれ回答の方向性を決めて担当を決めてそれから各自作業に入りぼくは毎日最低2件の一件一時間の面談や外部会議をこなして、っていう普段やっている作業をしつつ非常に重要な個人的案件をずっと確認し続けていた。

 

今回の個人的案件は自分の時間を使えなかったので個人的にプロの担当者をつけて対応したが、これがうまくいって結果的にすべて無事終了。「便りのないのが良い便り」の典型みたいなもので作業がうまく進んでいる時は全く連絡がない。実にプロフェッショナルな無駄のない対応であり久しぶりにすっきりした。やはりプロ同士の仕事は気持ち良い。

 

来週、7月に入ってからはほぼ毎日仕事の予定や個人的な予定やらが入っておりそれが729日まで続き730日からは気温差30度以上の日本出張、次の説明会は83日でオークランドに戻るのは86日以降であるので今月はよほど体力管理をしないとなって状況だ。

 

ぼくは日本からニュージーランドに移住するという民族移動は2015年ひとつの区切りだと考えている。それはぼくの体力や気力の問題ではなく日本政府の法整備の問題だ。

 

2015年に向けて日本人が外国に出られなくするような法律が次々と投網のように作られていく。

マイナンバー制度の導入による個人資産管理、海外資産の申告、相続税改定、今検討されている海外移住者向け出国税、所得税増税等などが次々と法制化されて、これじゃあ海外に移住したくてもお金的に出来ないとか出たらがっぽり税金取られるから意味ないじゃんとか、とにかく海外移住のメリットを出来る限り削減して、更にメンタル面でメディアを使って「今日本を捨てるのは非国民だ」などのキャンペーンも行われるだろう。

 

世の中が国際化して国境の壁が低くなるのを一番よく理解しているのが日本政府であり日本の資産が海外に逃げ出さないように、言葉を変えれば政府が自分の金と思い込んでる国民の個人資産をいかに国内に留めてその後に国家資産に振り替えるかを考えているのが日本政府のやっていることだ。

 

新しい法律ができる度に政府が言うことは「法律ですからね^、皆さんきちんと守りましょうねー」であるが、これは言葉を変えれば「あなた達は家畜なんですから私達が病気にならないように管理しますよ、でもって十分に太ったらきちんと支配者に食われましょうね、」という事と同じだ。それが法律である。馬鹿らしくて付き合っていられないが相手に法律制定の権利がある限りどうしようもない。

 

そしてテレビと新聞しか見ないしそれが世の中のすべてと思っている人々は自分たちが勝ち組と思い込み政府に味方して弱い世代を叩くが、それはいずれ自分たちの資産が奪われる事に気付こうともしない「そんな事、政府様がするわけないじゃないか」と思い込んでる平和な人々である。

 

政府のやり方はいつも同じで声を出せない弱いところから叩く方法だ。まず資産家を狙い撃ちにして大衆のガス抜きをして次に一般大衆向けに消費税を増税して個人資産を国庫に移動させる。やられた方は最初は自分の事じゃないと思っているが、そりゃ甘い。今までも日本政府によって行われて来た作業を今回に限ってやりませんなんてわけがない。

 

今回の参院選で自民公明が参議院で過半数を取ればねじれ状態が解決してこれから2016年の総選挙まで財務省はやりたい放題だ。どんな法律でも通すことが出来る。

 

2015年は日本人にとって「水晶の夜」になるのではないかと思っている。ドイツ語で「クリスタルナハト」と呼ばれる「水晶の夜」は、それまで平和に過ごしていたドイツ系ユダヤ人がナチスによって自宅から拉致されてそのまま収容所に放り込まれガス室で集団で殺されるまでの始まりの日だった。このあたり「夜と霧」という名作があるので是非とも読んで欲しい。

 

当時ドイツ国内に残っていたユダヤ人の多くは危機感を持たずに何もする術がないまま殺された。ほんの一握りのユダヤ人は危険を感じて米国や日本に逃げてきた。彼らだけがドイツからの唯一の生き残りであった。

 

残されたユダヤ人は財産を強制的に奪われ収容所に送り込まれその財産はすべてナチスの財産としてスイスの銀行に預け入れられ、ユダヤ人がスイス銀行に預けていた資産はそのまま身元不明の資産としていつの間にかスイスの銀行の資産となってしまった。

 

その後彼らユダヤ人は自分たちの国家を作り次からは自分の財産と命を守ることを怠らないという知識を身に付けた。

 

ぼくは個人的に安倍首相の政策は認めている。左巻き民主党政権時代にわーわー言いながら結局何も出来なかった幹部公務員の人事権を内閣に移すというすごい事をこそっとやった。これはまさに公務員改革の本丸である。それがこそっとした記事にしかならないのが上手いところだ。

 

しかしそれはあくまでも政策方針であり経済方針としては実にきつすぎる。彼のやりたい事は岸おじいちゃんのやりたかった国家社会主義である。この方針とはすべての民間企業を政府が直接管理して日本株式会社を再開させて東大法学部卒のみが支配層となれる、ある意味平等なシステムである。

 

何故ならどれだけ貧しい家の子供でも東大法学部に入れるだけの能力があれば世の中の支配層に入れるわけであり出自は問われない。鹿児島出身の東郷さん(東郷平八郎ではない)は有名な血筋であり最近は外務省のムネオ事件でも有名になったが過去をたどれば朝鮮から拉致された焼き物職人である。

 

その意味で日本は誰にとっても開かれた平等な国家だと思う。しかしこの「誰にでも」に当てはまるのは世の中の数百万人の一人にしか過ぎない。能力のある者のみが選ばれてそれ以外のシステムに当てはまらない人々には奴隷になることを要求されるシステムなのだ。

 

つまり過去に間違いがあってもそれを踏襲する者のみが支配層に認められて彼らの仲間入りをするが、そのシステム自体が崩壊していることを中にいる人間は理解しようとしないしそれを指摘するものは中に入れない仕組みなのだ。自分の世代まで何とか助かれば後はどうでもよいという「先送り」体質なのだ、

 

野に生きる野生動物に向かって「規則に従え!」と言っても無理である。彼らは自己責任で生きているのだ。だから自分が病気や怪我で死ぬことになっても後悔はしない、だって自分で選んだ人生なのだから。

 

けれど家畜として生きている動物は子供の頃からきっちりと管理されて健康に生きていけるがその目的は自分の肉を食われることである。最後は自分の肉を食われて終わりだ。家畜となって太らされて食われたいか?それとも自己責任で野に生きるか?選ぶのは自

 

分だ。



tom_eastwind at 14:29│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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