2013年07月15日

社会が子供を作り子供が社会を作る

今日はちょいベタ記事だが、子供の教育費について。

 

***記事開始***

子どもの教育費 母親に負担感 715 1130

高校生までの子どもを持つ母親の4人に1人が、塾や習い事といった教育費を減らすなど、景気回復への動きが出るなかでも、家計にとって教育費が大きな負担になっている実態が民間のシンクタンクの調査で分かりました。

「ベネッセ教育総合研究所」は、ことし3月、3歳から18歳までの子どもを持つ母親1万6000人余りを対象に、塾や習い事、スポーツなどの教育費について、インターネットを通じて調査しました。   それによりますと、子ども1人当たりの1か月の費用は平均で1万5000円で、リーマンショック後で景気が悪化した前回、4年前の調査よりも1700円少なくなりました。

また、3人に2人が「教育にお金がかかりすぎる」としており、景気には回復に向けた動きが出ているものの、4人に1人が「教育費を減らした」と答えています。

「ベネッセ教育総合研究所」の木村治生主任研究員は「収入が伸びない中で教育費も削れるところは削るという状況が出ている。全体のなかでもスポーツや芸術の教育費を抑制する傾向にあり保護者がより効果の上がるものを厳しく選択する傾向が強まっているようだ」と話しています。

. http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130715/k10013046251000.html

***記事終了***

 

一体いつから塾や習い事が日本の常識になったのか、僕自身が生まれて一度も学校授業の補習として塾に行ったことがなく(金がないってもの理由だが、はは)何故学校授業だけで追いつかないのかよくわからない。

 

多分学校受験って一定の成績さえあれば誰でも入れるって仕組みじゃなくて、優秀なのを上から何人まで選ぶってシステムだから他人を押しのけて自分が上に行くためには塾に通ってより優秀な知識を身に付けることで他人を押しのける手法として使われているからなのだろうか?

 

けどそれが、一人が塾に行き始めたら他の子も負けない為に塾に行く、その結果として誰もが塾に行くようになり、塾に行かない子供の親は周囲に「あの親は子供を塾にさえ行かせない、子供の教育に熱心じゃないダメ親!」とか陰口を叩かれたのだろうか?

 

子供の時から学校のテストの時に隣の頭の良い子が風邪を引いたら喜びなさい、子どもたちはちっちゃな頃からそんな教育を受けてきたんだろうか?

 

何だかいかにも日本らしい横並びの仕組みだが、そうやってちっちゃい頃から学校が終わるとすぐに塾通いをさせて夜遅くに子供が帰ってくる生活を15歳まで続けてその時点での子供の学力が、子供のほとんどが全く塾に行かず夜の9時には寝てしまうような島国国家ニュージーランドの子供の学力とほぼ同等という国際調査機関の調査結果を見たらどう感じるだろう?

 

ぼくは移住説明会で使う資料の最初のページに子供の学力に関する世界調査データを掲載しているが、これを見たら日本で子供を一生懸命塾に通わせている親はどう感じるだろうか?

 

ニュージーランドは今週からスクールホリデイで2週間のお休みに入る。冬休みである。僕は今日はコロネットピークと言うスキー場で過ごしたのだけど、とにかく人が多い。リフトに乗るのに10分かかる。そしてリフト乗り場はまるで幼稚園か小学校ってな感じなくらい子供だらけである。

 

キャーキャーと走り回る子どもたちはそりゃ無邪気なものだが見ている親からすればハラハラ・ドキドキものである。ゲレンデに出ても前後左右を無視して滑りまくる子どもたちの後ろを親が追っかけながら他のスキーヤーにぶつかって怪我しないかとか他のスキーヤーが子供にぶつからないかとか、まさに親鳥が雛鳥を守っているような感じだ。

 

こちらの国では本当に子供が伸び伸びと生活をしている。家族と社会に守られながら自分の大好きなことをして学校で勉強して朝ごはんも夕ごはんも家族全員で一緒に食べて今日あった事を皆それぞれに話しながら夜の9時になるとベッドに入ってすやすや眠る。

 

そんなのんびりした生活でも子どもたちの学力が日本の子どもと同じってんであれば、日本の親からしたら毎月高い月謝を払いつつ夜中まで勉強させて他人を追い抜く競争させてる自分たちって、もしかしたら間違った事をやってるんじゃないの?って思うのではないだろうか?

 

ニュージーランドでは教育費は基本的に無料である。小学校と中学校と高校では学費はすべて政府が負担している。だから子供がお金がなくて学校に行けないということはあり得ない。学校に持っていくのはリンゴやバナナとクラッカーくらいの簡素なお弁当とノートに鉛筆くらいだ。

 

一年が四学期制であり学期の始まりに寄付をお願いされるが勿論生活に余裕がなければ支払う必要はない。その代わりボールダンスには参加出来ないって学校もあるにはあるが多数ではない。

 

これはニュージーランド政府の基本方針である「子どもたちの機会の平等」を徹底させているからだ。どんな貧乏な家庭の子供でも学校に行けるようにすることで子どもたちがこの社会に出る際の機会の均等を提供している。医療についても同様だ。

 

この社会福祉制度は1800年代の英国のあまりにひどい階級差別と労働者階級の子供がまともに小学校にも通えない現実を見たイギリス貴族が新しい植民地ニュージーランドでは人々が皆平等に生活出来て手に汗して働く人々が馬鹿を見ることがないような制度を導入したから実現した。

 

中学校や高校は自分の住む地域の学校に自動的に入学する。大学に入学するのも試験があるわけではなく希望する学部が要求する単位さえあれば誰でも入れる。つまり学校のテストの時に隣の子供が何点取ろうが自分には関係ないのだ。

 

あえて親がやるべきと言えば子供を大学までやりたい時にはノースショアの有名進学高校がある地区に家を買って子供をその高校に入学させるくらいである。うちの移住のお客様の場合、学齢期の子供がいればほぼ全員がノースショアに住居を見つけている。

 

子供がすべきことは自分の夢へ挑戦するために一生懸命勉強することだ。その代わり大学に入れば毎日が勉強漬けになり大変である。オークランド大学医学部や法学部では一年目の終わりの試験で半数以上が振り落とされるほどに厳しい。

 

それでも子どもたちは皆、自分が望む夢に向かって進んでいく。「出来ない事なんてない!」子どもたちは皆そう信じている。そして本当にいろんな人生を楽しそうに歩いている。この国ではどのような階級にいるかは誰も聞かないし気にもしない。

 

会社の肩書きとか社会の階級なんて存在しないこの国ではどれだけ自分の好きな事をやっているかが大事だ。皆が他人と自分を比較することなく生きている。

 

給料は、勿論高ければそれに越した事はないが、だからと言って個人生活の質を下げる、つまり会社勤めで残業したり土日に働いたりするなんて大嫌いだ。自分のビジネスであれば頑張りもするし家族も認めてくれるだろうが会社勤めでそれはあり得ない。

 

第一当面やりたい仕事がなかった場合は政府が生活費を支給してくれるんだから我慢して働く必要はないよ。政府が支給ったって政府からもらう訳じゃない、それは社会を支える他の労働者が納税した金をぼくが一時的に受け取るだけだし僕が働き始めたら納税して、今度は僕が働いてない人を支える立場になるんだから平等じゃないか。

 

子どもたちが塾に行かずに家族と伸び伸びと生活できてたっぷりと睡眠を取ってたくさんの夢を見て大人になった時に自分のやりたい事が分かってて、目先の給料や社会的地位ばかり気にして自分の生活を壊してしまうような社会で生きていく必要がないってのはとても幸せなことだと思う。

 

ぼくはこの国で生活を始めて結婚して子供が二人出来てきちんと育ってくれて、その間教育や医療は政府が助けてくれた。そのかわり僕はずっと納税し続けた。それが僕の義務であり自分が外国で生まれた人間でありながらもニュージーランド社会を支える一員になれたのは嬉しく思う。それほどこの国は平等であり子供に優しい国だからだ。



tom_eastwind at 20:42│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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