2013年07月19日

幸運とか特別とか。クイーンズタウンで暖炉を眺めながら

クイーンズタウンのGANTLEYというレストランで家族と食事をして暖炉を眺めポートを飲みながら昔のことを思い出してた。


ぼくが最初にこの街に降り立ったのは1979年頃で、当時は約20人乗りのセスナ機でクライストチャーチからマウントクック経由(てか給油)でクイーンズタウンまで約2時間かかってた。みんなスーツケース等大きな荷物を持ってきており、それらの荷物は乗客の乗るセスナに載せられないので後続する2機目のセスナに荷物だけ積んでいたものだ。


クイーンズタウン空港に到着すると荷物を積んだセスナが降りてくるまで掘っ立て小屋の中で待つしかないのだが、ところがふと周りを見ると真夏の12月の息を呑むような素晴らしい光景が広がっていた。


まさに足元からそそり立つような赤茶色の断崖絶壁のリマーカブル山脈、2000メートルの頂上にそびえ立つダブルコーンロック、目を下に向ければ目の前に広がる透き通った真っ青なワカティプ湖のフランクトン入江、遠くには夏でも雪をかぶったサザンアルプス山脈、空は一点の曇りもない深い青で染められており、「一体なんだこの美しさは!」と感動したものだ。


当時の日本の空と言えば戦後の急成長の象徴であるコンビナートが真っ黒な煙を吐き海は工場排水で汚れ海岸線は埋め立てられまさに日本列島が強制的に改造されてしまった時代だった。


だから地球の裏側にこんな美しい、大自然の空、山、森、湖、そのすべてが完璧に調和している景色があるなんて信じられなかった。同じ島国なのに日本とこんなに違うなんて、本当にびっくりしたものだ。


街に着くとさらにびっくりしたのは、地元の人々の優しさである。行く先々どこでも見知らぬ人が通り過ぎるたびに「おはよう!」と挨拶してくれる。パン屋に行けば店主が親切そうな顔で「日本から来たのかい?お腹空いてるかい?」と声をかけてくれる。


地図を見ながら道を歩いているとほぼ全員が通り過ぎるたびに声をかけてくれて「どこに行きたいんだい?あ、そこなら途中まで一緒に行くよ」と、日本だったら「知らない人について行くな」であるがこの町の人々はまさにその正反対の行動を取ってくれて、目的地に着いたらにこっと笑って「楽しんでいきな!じゃね!」と名前も言わずに去っていく。


レンタカーでやって来たツーリストが車の調子が悪くて道路沿いに車を止めてボンネットを開けて困った顔をしていると、セーターを着たおじさんがすぐにやってきて「おう、任せときな」と言いつついきなり車の下にもぐり込み手早く修理してくれる。そう、この街では車の修理を含めてすべてがDoItYourselfなのだからサザンマン(南島に住む男たち)はなんでも出来るのだ。


おじさんは修理が終わった車を見て満足そうにツーリストに「じゃあ気をつけてな」と手を振って去っていく、セーターの背中に付いた土を適当に後ろ手ではたきながら。


もちろん当時の事であるからプロとしてのサービスなど存在しない。ホテルでも要領が悪くフロントで「部屋にポットがないよ」と言えば「大至急持ってくよ」と言ったままいつまで経っても戻ってこない。


どうしたんだろうと思ってフロントに降りるとその担当者はおらず他の人に聞いたら「ああ、あいつもう当番が終わって家に帰ったよ。何か用事だったら電話して聞いてあげるよ」だって・・・。


とにかく徹底的に人が良くて性善説の国家ってこんなのを言うんだなと思いつつ、しかし組織とかプロ意識ってのは全くなくて、そんな人々が大自然に囲まれてなんのストレスもなく生きていける世界があるなんて、本当に信じられない思いだった。


当時の日本では週休1日制で日曜も出社して夜も残業手当などなく朝から晩まで働きクーラーの効かない真夏の夜などはバケツに水を入れてそこに足を突っ込んで仕事をしてたものだ。


企業戦士という言葉が当然のように社会を飛び回り出張前に体調を崩せば「気合が入ってない!」と叱られたものだ。


ある時部下が上司に

「すいません、ちょっと午前中だけ用事があるのでちょっとだけお休みさせてください」と言うと上司が

「いったい何があるんだ?仕事より大事なことがあるのか!」と怒られ、部下が

「すみません、実は結婚式に行かなくちゃいけないんです」というと上司が

「一体誰の結婚式なんだ!そんなに大事なのか!」

「はい、実は私の結婚式なんです」

というような、今の時代からすれば漫画のような話が実在した時代だ。


同じ時代なのに北半球と南半球というだけでこんなにもすべてが違うのか・・・もう呆れるしかないが現実に存在しているわけであり受け入れるしかない。


それから約10年後、バブルで浮かれていた日本を出て僕は再度クイーンズタウンを訪れていた。その時は丁度成田からオークランドまでジャンボ機が就航し始めた時だから日本からハネムーナーが大挙してやってきて、クイーンズタウン空港はあいも変わらず飛行場であったが観光客はクライストチャーチから無給油のプロペラ機で荷物と一緒にやって来てた。


その時ぼくは働くつもりもなくとにかくのんびり本を読むつもりだったのが、何のはずみかその街に着いて一週間もせずにワークビザをもらって働くことになりその二ヶ月後には何の審査もなく、つまり英語テスト不要、健康診断不要、無犯罪証明不要、学歴不要、職歴不要、とにかく旅券に300ドルの小切手を挟んで移民局に送ったらその2週間後に永住権のシールを貼られた旅券が普通郵便で送り返されてきた。


そこから僕のニュージーランド生活が始まった。クイーンズタウンで知り合った香港から移住してきたばかりの奥さんと出会って結婚して子供が生まれ、それから一度も住んだことのない、ましてや広東語が全く出来ない状態で香港へ移住、6年間を過ごした。


1997年の香港の中国返還を迎えて家族で香港を飛び出して次に渡ったのがこれまたほとんど知り合いのいないオークランド、ここでもゼロからのスタートだ。


考えてみれば人生で3回落下傘降下で誰も知り合いのない街への移住をした事になる。控えめに見ても普通の日本人にはあまりいないと思う。


どこの場所でも言葉で困り生活習慣で困り仕事で困り毎日が悩みの連続だったはずだが・・・振り返ってみるとぼくはあまり悩みを感じてなかったのかもしれない、いつの時代も徒手空拳ではあったが「絶対に解決策はある、絶対に答はある」と信じることだけは出来たからだ。


結果的にどこの落下傘降下でも何とか無事に基盤を作りそこに一定の場所を残すことが出来た。だから今でもこうやってクイーンズタウンに行けば古い仲間と酒を酌み交わし現場の裏話に耳を傾け、香港に行けばやはり古い知り合いと酒を飲みながら現地に住む日本人には絶対に聞き取れないナマの香港情報を耳にする。


いつも他人に言われるのが「あなたは特別ですからそんな事が出来たんですよ」と言われるが、では一体何が特別なのか?ぼくの身長が進撃の巨人みたいに50メートルもあるってのか?体重が500kgもあるのか?心臓が3つも4つもあるのか?


ぼくは普通のサイズの普通の肉体の人間だ。唯一違うと言われればどのような状況に追い込まれようと決して他人に頼らず例えライオンの檻に放り込まれようとも絶対に最後の最後まで諦めずに答を探して即決して行動に移す事が子供の頃からの訓練を通じて出来るようになっただけだ。


では子供の頃に何をやってたか?それはひたすら過去の本を読みまだ会ったこともない過去の人々と本を通じて会話を重ねて彼らが見てきた歴史を自分が追体験してそれを自分の血と肉として肌に叩きこみ、自分が実社会に出た時に出会って来た人間的な様々な状況に「吉田兼好ならどう思うかな」とか戦いの状況になった時に「孫子ならどう判断するかな」と彼らの視点から見て判断して決断して実行してきた繰り返しだった。


6歳から18歳まで全く塾に通わす小学校では先生相手に学校の存在意義や自由の定義やクラス内における平等とかで議論を挑み、中学校では算数の授業になると最初の5分で「先生、腹痛です」とクラスを出てぶらぶらして勉強もせず本を読んだり水泳をして過ごし高校選びでも一番勉強しなくてすむところに決めその高校では殆どの場合先生の授業を無視して図書館で本ばかり読みこれまた三年間水泳と冬場のサーキットトレーニングばかりしてた。


大学にも行かずに社会人の一員となったが、今でも何か特別な事をしたと言う記憶はない。とにかくやりたい事だけをしてきた。好きな事だけをしてきた。直感で生きてきた。その結果としてこういう生き方になった、ただそれだけだ。


これが「特別」なら、誰でも出来る「特別」ではないか?自分が特別になろうと思えば誰でも出来る事ではないか?唯一の違いは、出来ると信じられる自分がいるかそれとも最初から「出来るわけないじゃん」と努力を拒否したかだけである。


ぼくの海外人生はクイーンズタウンから始まった。言葉も通じず習慣も違い、ましてや日本人もほとんどいない中での生活が始まった。その当時と現在のクイーンズタウンは街の空気からして人口からして人々が洗練されて高級リゾートとなって世界中から観光客が一年中来て楽しめる街になった。


けれど決して変わらないのは、いつも空港に降り立つ度にリマーカブルを見て感じる大自然の美しさと街にいる時の人々の優しさである。


さ、明日の夜から仕事開始だ。そして来週一週間仕事をしたらまた灼熱の日本出張だ。

誰にもいつか特別な機会はある。けど世の中に特別な人間なんていない。大事なのは特別な機会が来た時にそれを掴み取れるだけの努力を日頃からやっているかどうかだ。


そう、幸運と言う神様は、いつも努力と偶然の曲がり角にいるのだ。



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tom_eastwind at 18:23│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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