2013年08月02日

銀行狐 

まだまだ続く池井戸潤シリーズで今読んでいるのは「銀行狐」。短篇集だがミステリーあり殺人事件あり大手銀行の支店現場の様々な様相ありどれも面白い。

 

特にこの短編「銀行狐」は「俺達花のバブル組〜」のテーマが近いが「俺たち花の〜」が当時や現在の銀行のあり方を批判しており、内部から何とか自分を貫きつつ出来る限り修正しようとするのに対して「銀行狐」ではもっと明確に「銀行を良くしようなんて所詮無理だ。10年働いてきたが銀行で働いて何か人に感謝されたとか自分が何か成し遂げたという気持ちになれない。むしろ自分の出世の為に顧客を食い物にしているだけだ」と銀行を退職する優秀な素質を持った行員を描いている。

 

本筋とは全く外れてしまうのだが、この銀行狐を読んで作者の意図と全く違う事を感じたので書いておく。それは小説としては「俺たちバブル」の半沢の方がずっと面白い。しかし現実としてはぼくは銀行狐に心が傾いてしまう。さらに言えば「おい銀行狐よ、この程度で終わらせるのか?」と言いたい。

 

大銀行は偉いのだ。社員数が多いし財閥系銀行のトップは支配階級に組み込まれており何をやっても許される、それが銀行本来のあるべき姿でなくても。そう、ぼくがこの作品に惹かれたのは「辞めた」つまりその安住の地を拒否したという事だ。他人任せではなく自分で自分の生活を作る、その判断をしたというところだ。

 

日本のお偉い作家がどっか外国の演説で「高い壁にぶつかって壊れる卵の方にシンパシーを感じる」なんて馬鹿な事を言ってたが、そんな非現実的な夢物語をべちゃくれるのも所詮自分が守られた立場にいるからだけだ。

 

高い壁にぶつかって卵が割れても自分の命は奪われず、一応世間的には格好つけて「おれってさー、言ってんだよね、反対してんだよね、けど壁が高くてさ」と言い訳ばかりしている。

 

壁を嫌いで壁にぶつかるけど僕は卵だから壊れてって、ばかか。だったらそんな壁のない世界に行けよ。壁の前でも飯を食えるから言い訳してるだけじゃん。この銀行員のように清く出てけよ。

 

本当に高い壁に四方を取り囲まれている人々は自分が望みもしないのに生まれた時から差別されて迫害されてる。住み慣れた家を強制退去させられてゲットーに追い込まれた人々が怒りを感じないわけがない。そして彼らは自分たちの奪われた権利を取り返すために戦っている。

 

そんな彼らの行動を「割れた卵」と呼ぶことが絶対優越的立場からの傲慢な視点である事は歴然としている。差別され迫害された人々が卵であってみろ、いつまで経っても壊れてばかりで状況を変化させることは出来ないじゃないか。

 

相手が高い壁であれば乗り越えるためのハシゴを作れ!分厚い壁であればふっとばすだけの火薬を用意しろ。そして相手の土地に安住している、結果的に体制側に付いている人々をも巻き込んで世の中で今何が起こっているかを教えてやれ!割れた卵の自己満足なんてゆで卵にさえならず食うことも出来ない役立たずじゃないか。

 

高い壁も財閥系大銀行も全く同じだ。「空飛ぶタイヤ」で描かれたような街場の運送会社の親父みたいにナニクソと歯を食いしばって戦い、どうやれば勝つかを考えるのが本当の戦いだ。

 

勝たない戦いなど無意味どころか有害である。日本の老害作家が悲劇のヒロインを演じるのは良いが自分だけにしてくれ、こっちは生き残るために精一杯ちっちゃいなりに戦略を考えて勝つために戦っているのだ。

 

組織の中にいて自分の常識を持ち出すことは映画やテレビの舞台では格好良いかもしれないが、それはほんとうの意味での抵抗ではない。片手で給料もらいながら片手で反抗するか?

 

会社や組織はその大多数が納得する、またはせざるを得ないルールを持っている。そのルールが自分の規範と違うから組織を変えようなんて、マイナーな君、それはおかしくないか?あなたの常識やあなたの規範を組織の多くが受け入れないって言ってるのにどうして彼らに押し付けようとするのか?

 

あなたがその組織の在り方がおかしいと思えばその組織から離れるのが本来の姿ではないか?そして自分で自分の規範と同じ価値観を持っている人たちが集まって自分たちの望む組織を作れば良いではないか。

 

実際に戦後の焼け野原から立ち上がった多くの戦後企業はその企業に参加した人々が喧々諤々とやりながら企業の価値観を創り上げてきた。そしてそれは今もずっと引き継がれている。それが企業の規範である。

 

それを後から入ってきた社員が自分の規範だけ持ちだして「それ、おかしいと思いまーす」というならその組織からとっとと出ることが本当の公平だ。以前日本電産のトップが「休みたければ辞めろ」と本音で言ったら問題になりネットで叩かれたという記事があった。

 

が、日本電産は元々がそのような厳しい会社であり、だからこそここまで成長出来たのだし一生懸命働くことで給料が貰えてその金で家族を養うことが出来る、そう考えた人々がたくさんいるから成長したわけであり、その会社の社員でもない無関係な人間がまるで正義の味方のように偉そうにどうこう言うのはいかがなものか。

 

こうやって書くとぼくの意見は一体大企業支援なのか個人礼賛なのか分からんと思われるかもしれないが、ぼくの立つところはいつも同じで、自己責任と他人に自分の価値観を押し付けない、ただこれだけである。

 

だから大企業が好きでその企業の理論で生きる人がいればそれはその人の自由だ、ただ僕はそのような生き方が出来ないって言ってるだけだしそれは日頃も自分の意見として述べる。ただそれを理由として大企業を否定することはないしそこで働く人に「辞めろ!」なんて言うつもりもない。

 

彼らには彼らの考え方があるわけでそれを否定してしまえば僕の生き方さえ否定されるわけだから、こりゃダメだ。ただ、大企業で働く多くの人々が持つ価値観を大企業の中で給料をもらいつつ批判するのはどうなのかって事だ。

 

自分の属する組織を批判しつつ給料をもらい外に出ないまま内部で自分だけ正論言って立派なんて顔してても、彼らはどんな理屈を言おうと常に差別する側にいるわけであるから大企業反対派に対して「いやー、おれもおかしいって思ってるんだよね、だけどさ、何とか中から変えるから待っててよ」なんてて、それで今までずっと差別されてた側が待つと思うか?ユダヤ人の頭に銃を突きつけて一言「おせえんだよ、ボケ!」と引き金を引くだろう。

 

ちょっと感情的になってしまった。

 

ここで僕が言いたいのは、まず会社に就職するってのはその組織の規範に則って行動するって事であり周囲の価値観と自分が違うからと「あ、それいやです」とか「それ、おかしいです」と言って澄ましているのは自分勝手であり自分の価値観だけで行動する組織破壊者であるって事だ。

 

半沢の行動をよく見ると分かるが、彼はきちんと組織の価値観も規範も理解してそれに合わせた行動をした上で何とか自分でバランスをとっている。しかし多くの連中は口だけ星人である。

 

大組織で働く人々は内部規範に納得しており彼ら大多数の人間の望む生活を壊そうとするならあなたは自分勝手なテロリストである。だから大組織から排除されて当然であり、むしろ自分からどこかにある新しい約束の土地に去っていくべきだろう。去らない彼が外部の批判に対して言うことは「おれだってさー、ほんとはさー」って言い訳だ。

 

ここで去らないのはこずるいサラリーマンに多い。

 

同時に自分の価値観を貫いて生きていくなら高い壁にぶつかって割れた卵で自己満足なんてするな、いかにも気持ち悪いにやにや顔で「おれだってさー」なんて言い訳すんな。所詮何も変えることが出来ず本気で変えようとせず周りを巻き込んで行動を起こそうともせず世間を斜めから見てひねくれて喜んでるなと言いたいのだ。

 

こういうのを似非(エセ)社会主義者という。戦時中はスフ入の赤と読んでいた。赤く染まっているようで実は染み込んでない連中だ。

 

では、ちっちゃな卵はどうあるべきか?

 

それは卵の中で強い人間を育てあげ自分の価値観をきっちりと作り上げ他人の価値観を尊重しつつも自分の価値観の方がもっと社会をよく出来るんじゃないか、自分個人の利益ではなく社会全体を見渡した時に自分の考えてることの方が良いのではないか、そう周囲に話して一人でも多くの仲間を作り、常に組織を拡大しつつその中で発言をしていくことではないだろうか。

 

世の中はこれを理想家とか空想家とか呼ぶが、結果的にそのような人々が社会を変えてきた。結局残ろうが去ろうが個人レベルの道徳規範や自分が知っている世界だけの常識で生きること自体が手抜きの生き方なのだ。

 

常に学べ!他人の行動に学べ!歴史に学べ!他人が何をやっているのか?何故やっているのか?それは私心なのか世のためなのか?そして自分がやろうとしていることは世のためになるのか?

 

ここからは冒頭に書いた「銀行狐もまだ甘い」の話。

 

銀行狐の中で元銀行員が語る。

「銀行に10年勤めていて辞めようと思った時、愕然としたんです。給料以外何も得るものがなかったじゃないかって。社宅を出てスーツを着なくなったらぼくが働いていた証なんて何も残らない。せめて自分がそこで生きてきたという証が欲しい、そう思いました」(詳細意訳)

 

普通のサラリーマンがこのセリフを聞いたらほろっと来るだろうし同情や同感するだろう。

 

けどぼくからすれば何て甘くてずるい話だろうと思う。ぼくからすれば「給料と社宅があるだけいいじゃないか、今まで餓死せず殺されもせず何とか住む家もあった、それが君の10年間食っていけた証だよ」と言いたい。

 

きつい言い方かもしれないが、安全な世の中で給料を貰えて寝るところが与えられることがどれだけ幸せかを全く理解していない。

 

 

・・・やっぱり今日は頭が意味不明・・・何か3つのテーマが無茶苦茶にごっちゃになってる。

今日はとっとと寝よっと。



tom_eastwind at 02:03│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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