2013年10月01日

原発・騙された方の負けだ。

美味しんぼは大好きでほぼ全巻会社に置いてある。バブル時代に贅沢に走らず食の基本を考えその後も美味しいものってお金じゃないよねと訴えたその姿勢は大好きだったし今でもその姿勢は大好きだ。

 

ただ福島原発被害に関しての特集はどうかと思った。雁屋哲氏の主張することは分かるが、それは弱者を弱者のままで放置する考えではないかと感じた。彼のやってることは、言葉を替えて言えば、バカをバカのまま放置するって事だ。(あー、やっぱりおれ、言葉選びがダメだよなー、けど本音です)

 

「誰が福島をこんなにしたんだー!」と無人の街で叫ぶのは、気持ちは分かる。

 

しかしそんな福島に原発を誘致したのは間違いなく福島市民なのだ。彼らが選挙で選んだ人々が地元発展の為に原発を誘致して原発の危険性を指摘した人々を村八分にしていた事実は、それこそ日本人が自己責任を理解すべき点である。

 

原発がなければエネルギー政策がどうのこうのとか、原発が出来れば雇用がどうのこうのとか原発は絶対に壊れませんとか東京の政府に騙された地元民。けど一発吹っ飛べば人が住めなくなり野菜も魚も肉も食えなくなる現実を地元民はどこまで理解していたのであろうか?

 

だって原発が本当に安全なら皇居に作れば良いではないか。そんな簡単な理屈さえなぜ分からなかったのか?

 

結局これは新潟の原発でも同様だし福井の原発でも同様だ。自分が働かず考えず楽をして今日の自分の飯を食うために子どもたちの未来を売ったのが福島の現実だ。

 

福島原発は地元民の反対を受けつつも国家が強制的に作ったものではない。地元民が自発的に受け入れたのだ。

 

成田空港のように百姓から土地を強制に奪ったわけでもなく誰かが三里塚で機動隊相手に「戦争デモ」をしたわけでもなく、雇用対策とか景気対策とか、名前は何でもいいけど要するに目先の金に飛びついたのは地元民なのだ。

 

原子力発電は1960年代には復興する日本にとって大事な設備であったしオイルショックの後はさらに重要となった。背に腹は替えられない、その時期には必要な設備だった。それは十分に理解しているし、もし僕が当時の首相ならリスクを取ってでも原発を作ったかもしれない、日本を発展させるために。もしくは他のエネルギーを探したかもしれない、今のニュージーランドの地熱エネルギーのように。ちなみにニュージーランドの地熱エネルギーは九州大学の教授が1980年代に導入したものである。何故ぼくがそれを知っているかって言うと、その教授の航空券を手配したのが僕だったからだ。

 

原発の危険性は誰もが認識すべきであった。包丁は魚を切る時には有用であるが酔っ払ったオヤジが振り回せば凶器になる。そしてオヤジが包丁で子供を刺せばどちらにも一生残る傷になる。

 

そういう覚悟で原発を導入したのか?

 

「原発は安全ですよー、絶対事故りませーん!」という政府の言い分をそのまま信用して、自分で考える努力を怠り他人の税金で飯を食おうとした人々の甘えの結果が福島ではないか??

 

ぼくは外国に住んで長いが、未だ持って誰かに守られていると感じた事は一度もない。常に自分の判断がすべてであり自分の判断が間違えばそれだけの損害を受けてきたが誰にも文句を言った事はない、だって自己責任だもん。

 

だから少なくとも失敗しても我慢とか納得出来るだけの準備も判断もした。必要であればリスクも取るが過剰なリスク、例えば原発の隣に住むリスクは取らなかった。今住んでいる国にも原発はないしこれからもこの国で原発を作る予定はない。だって豊富な水力があるんだから。

 

大体において政府の金で飯を食ってきた連中は、最後には必ず落ちぶれたものだ。北海道が何故今衰退しているのか?何故福岡が日本の中でも景気が良いのか?うまくやってるのは沖縄だ。政府の金をかっぱらいつつ自立の道を目指しているからたいしたものだと思う。

 

結局自分が自己責任で家族の生活を守り、危険を背負って未来を切り拓く気持ち、それがなければダメだ。

 

政府に食わせてもらおう、政府が何か立派な設備を作るから受け入れよう、おらたちゃ何もしなくてもお上が飯を用意してくれんだ、んだんだ、これでええっさ、反対するやつは村八分だ、その結果が今の福島ではないか???

 

原発が水素爆発を起こした後に地元民が助け合うとか日本各地から援助の手が届く、それ自体は素晴らしい話だと思う。けれどそれは失敗の原因を覆い隠す、つまり本当の意味で問題を先送りする国民性の問題ではないのか???誰か福島の無責任を指摘したか?

 

世の中には常にリスクがある。リスクゼロの世界なんて存在しない。その意味で原発をリスクと捉えつつ、けどそれなりのリターンがあると思って誘致したなら今更文句言うな、である。

 

リスクを理解せずに原発を誘致したなら、それは単なる白痴である。

 

ここまで書くと相当な批判が来るとは覚悟しているが、正直、ぼくは日本人として外国で誰の助けもなく20数年生きてきた。死ぬような思いも何度もした。それでも戦ってきた。

 

だからこそあえて言いたい、原発を認めたのは皆さんですよねと。

 

今になって福島の魚が食えないとか牛肉が食えないとか野菜が食えないとか、問題から逃げるんじゃないと言いたい。自分が選んだ、少なくとも自分が選ぶことが出来た問題から逃げて、今になって東電とかの他人に責任を押し付けるんじゃないと言いたい。

 

最後に追加で言っておくがぼくは東電を好きではないが彼らはきちんとやることをやっていると思う。ニュージーランドのようなしょっちゅう停電したり電圧が上下してコンピューターが壊れたりする国で生きていると、東電のようなサービスが受けられる東京って良い場所だと思う。東電は、よく頑張って日本のインフラを守っているのだ。

 

これから日本が原発をどう扱うのか、すでに日本から離れたぼくは当事者ではないが、僕がもし首相であれば原発は今すぐすべて止める。日本では費用対効果がすでに合わない。残ったウランは日本海溝に沈める。それで終わりにしたい。

 

おい、日本人ってさ、世界でトップクラスで頭がいいんだよ、だから原発なんて下らん古い技術はもう止めてさ、何かさ、水からエネルギー作るとか、もっといいこと考えようよ、おれたちゃバカじゃないんだからさ。・・・・羽田から香港に向かう飛行機の中でこれ書きながら、、、悲しくなった・・・。



tom_eastwind at 20:39│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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