2013年10月31日

孤高,,,誰にとっての?

東ドイツと西ドイツが統合した時、一番運が良かったものは配管工や大工や料理人、散髪屋など手に職を持っていた人々だ。では一番運が悪かったものは?東ドイツは科学が遅れており法体系も全く違った為、医者や科学者や弁護士が露頭に迷いタクシーの運転手をすることになった。

 

これはニュージーランド移住の際も同様であり、一番使えない職歴が中学や高校の先生だ。履歴書に書けたとしてもニュージーランドで教職員の免許が取得出来るだけの英語力や専門特化した能力があるわけでもなく、ただひたすらに日本でしか通用しない方法で毎日を過ごしているだけだから学歴や職歴は点数になっても実社会では通用しない。

 

またそういう人に限って眼をキラキラさせて「わたし、日本とニュージーランドの橋渡しをしたいんです、日本語教師になって〜」などと言うが、日本語教師で金が貰えるのは本の一握りである。

 

第一日本人の存在はニュージーランドでは薄いわけで、キーウィだって趣味で日本語を勉強するかもしれないがお金のことを考えたら中国語を勉強するほうがずっと良いって分かってる。

 

医者も困り免許で、日本国内ではドクターとか先生と呼ばれて名誉職であるがニュージーランドで免許書き換えするための英語力は殆どのお医者さんには不可能に近いレベルである。従って能力はありながら医師として働くことが出来ず技能移民では就職先がないからポイント不足となり起業家としても医師として開業することは出来ない。

 

弁護士。これは少しはビジネスになるかもしれないが、相当の才覚がないと難しい。ニュージーランドの弁護士と組んで日本=ニュージーランド間の法律案件を対応することは出来るが、日本の一般的士業で免許取り上げられたら困るんだよねー、折角苦労して勉強したのにさ、なんて思ってるレベルでは無理だ。

 

その点大工や鉛管工や庭師、シェフなどは言葉が違っても関係ないし法律が違ったからと言って鉛管工事のやり方が変わるわけではない。

 

以前も紹介した例だが、4年前にある若いご夫婦が移住相談に来られた。彼らはとても素直で人に好かれる典型的な「良い日本人」であったが、仕事は普通の会社の普通の営業。これでは永住権に繋がらないしもし永住権が取得できたとしても仕事がない。この国では日本のような営業職は日本人には殆ど合わない。

 

そりゃ光通信みたいな事が出来ればそれなりに売上は達成出来るだろうがニュージーランドではそういう営業は非常に嫌われるし時にはあからさまに「出てけ、薄汚いアジア人メール」と罵られる。

 

そこで僕が提案したのは、旦那さんが今の仕事を辞めて寿司屋とか和食レストランで12年料理の勉強、特に寿司刺し身天ぷらを覚えて魚を下ろせるようになれば和食のシェフは常に仕事があるからワークビザが取得出来る、ワークビザを取得して2年程度働き現地でしっかり納税して犯罪も起こさずにきちんと生活をしていれば永住権申請が可能になる。

 

シェフであれば永住権取得後も仕事はあるし、永住権さえ取得出来ればまだ若いのだから転職しても独立してもいけると話をした。

 

するとその3年後、彼らはオークランドにやって来た、ご主人は地元のレストランでシェフとしてワークビザを取得して奥さんはオープンワークパーミットというどこでも働けるビザを取得して、今は永住権申請の最中である。

 

若くして折角得た仕事を辞めてシェフに転職するってのは随分と勇気のある話である。周囲が理解出来ない話であろうしもしかしたら両親も止めるかもしれない。それでも突っ切って転職すれば友達は減るだろうしもしかしたら両親に勘当されるかもしれない。

 

まさに「孤高」である。しかし次の孤高は転職して2年後に残して来た友達に移る。最初は皆が「あいつバカじゃねーの?」と見下していたのがいつの間にか本当にシェフになった。

 

それだけならまだしも現地のレストランから仕事のオファーを受けてワークビザを取ってくれるという話になれば周囲の友達が感じるのは「え?おれって取り残されたの?残存するほうが少なくともましだと思って社畜やってる間にあいつは自分の夢を叶えてニュージーランドに渡る?おれって、取り残されたの?おれ、あいつが転職する時はバカにしてたけど、ほんとにバカだったのは俺なのか?」と思い出す。

 

そして実際にニュージーランドに渡航した友達に対して異常なまでに嫉妬を感じるようになる。くそ、あのヤロー!、そして古い友だちはますます遠ざかっていく、近かった程に遠ざかっていく。

 

しかし渡航してみて現地で同様な日本人夫婦と知り合い友達になり、一緒に仕事をしながら週末はバーベキューを楽しみ、バーベキュー会場で更に新しい友達が増えていく。一緒に働いている連中は次第に永住権取得者が増えていき、付き合いは更に長くなる。お互いに冒険に踏み出して何とかここまで生き残れた連中が集まれば仲間である。

 

そして数年もすれば完全に現地生活に溶け込み地元キーウィの友だちも増えていつかは親を旅行に呼べるようになる。両親からすればまさか子供がここまで来れて現地で楽しく仕事をして残業もなく土日にしっかり休んで日本人やキーウィの友達も出来て英語を話しているってのを見るだけでびっくりやら嬉しいやら、自分の子供を誇らしく感じるだろう。そして孤高は消えていき新しい仲間と世界が目の前に大きく広がっていく。

 

そうなると最後の「孤高」が出てくる。それは日本に残された古い友だち達である。古い友だちも最初は夢として仲間内で「そうだよなー、海外かー、いいよなー」と言ってたが自分は結局踏み切る勇気もなく取り残された。

 

旅立つ時機を失ってしまい、今更移住も出来ない。残された職場では毎日夜遅くまで残業、土日もろくに休めず年休も取れず、給料は下がるし年を取れば取るほどいつ首になるかもしれない恐れを毎日感じながら黙って働くしか無い。まさに孤独であり、一人で高い山に取り残されたようなものだ。

 

孤高を感じるのは移住を希望した時のインテリゲンチャ層も同様であろう。自分は長い間一生懸命勉強して倍率の高い資格を取った。日本ではそれなりの社会的地位にもなった。ところがいざ国際労働市場に自分を労働者として提出してみると、実はそれって日本国内だけでしか通用しないって事が分かり、ニュージーランドに移住出来ても働ける場所はタクシーの運転手だけって事になりかねない。

 

実際に数年前オークランドで社会問題になったのは東ヨーロッパから移住してきた優秀な医師が永住権は取れたものの英語力や医師試験に合格するためにかかる期間を考えれば到底生活費を稼げず、仕方なく日銭の入るタクシーの運転手として働き家族を養っていたと言う話だ。

 

ニュージーランドは常に医師不足でありながら地元の医療村は新しい医師が入れないような仕組みを作り自分たちの既得権益を守っていた、その状況に4時間待ち5分診察の公共医療にいい加減業を煮やした一般市民によって突き上げを食らったのだ。

 

最近になって少しづつ医療分野に外国人が入れるようになったが、まだまだ障壁は高い、特に日本語で医療を学んだ人にはきつい状態が続いている。

 

これから移住を考える人は、人生が80年あると計算したほうが良い。今が30歳なら残りの人生は50年ある。ならば最初の3年くらいは移住した先でも世界中どこでも食える仕事を英語で勉強して資格を取り直した方が良い。

 

22歳で就職してその仕事で働けるのはどれだけ運が良くても40年程度だ。その後20年近い人生を蓄えも少なく年金も期待出来ない中で苦しい思いをして生活をすることの惨めさを考えて欲しい。

 

「孤高」。

 

それは「ぼくは孤独だけど高い山の天辺にいるんだ」本来ならそう誇れる言葉である。しかし今の時代、孤高は孤独である。自分で山のてっぺんに誰よりも早く登り詰めたと思ったらその山には誰もいなかった。誰も登って来ない。食べ物もなく友達もなく高い山の天辺に取り残され、今更降りても次の、他の仲間がいる山に行くだけの体力もなく次第に年老いていくのみである。

 

人生、しっかり足元を見つつ同時に遠くにある正しい山に向かって真っ直ぐ歩くこと。それは一時の孤高を招くことになるが正しい山に辿り着けばそこには新しい人生と仲間がいる。

 

リスクを避けて努力せず足元のぬかるみだけを気にして生きて、人生の最期に「あの時にトライしてみれば良かった」と後悔しつつ一生の孤高を悲哀と共に噛みしめるくらい悲しい話はない。

 

10月末、今月最後のブログである。何度も書くことだが、残された期間は後2年しかない。2015年が最後である。



tom_eastwind at 17:08│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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