2013年11月11日

TIme Line

これは映画の話。

何故かこの映画が大好きで、心をすっきりさせたい週末に観ている。これってすべてのSF的要素を組み込んだロマンチックアクションとでも言うのかな、とにかく僕の欲しい「心をスッキリさせたい週末」に丁度良い。

タイムマシン、1300年代の英仏関係、キリスト教の発展など観てて楽しい。未来と過去が一つに繋がっている。けど今の時代TimeLineとかラインって言うと何だかSNSの世界に入ってしまいそうだ。

21世紀になって流行ったネット文化はそれなりに面白いが、バカッターとかフェイスブックとかラインとか、さて誰が生き残るのか?というのはあまり積極的な興味がない。社内ではずっとMSNのチャットを利用していたが最近はなんちゃらというとことサービスが合体したとかでなんちゃら使いづらくなった。だもんで今は他のシステムに乗り換えを検討中。

無料のサービスも有料のサービスもあるが、有料と言っても年間数万円なので使い勝手の良いほうが良い。

ぼくはあくまでもこういう媒体を使って仲間と情報交換をするだけの利用者でありそのビジネスで直接の利益をえるわけではないからどこが生き残るかってのは関係ない、その時代に最も合ったサービスであればそれで良い。生き残るものは偶然の結果として生き残るだろうし滅ぶものは必然として滅ぶだろう。それを決めるのは時代であり努力ではないからだ。


人間は常に他人とのコミュニケーションを必要としている。その基盤が言語である。話し言葉、書き言葉、それが人と人をつないでいる。これによってお互いの意思疎通が出来る。コンピューターは結局単体の計算機でありネットとは全く関係のない機械だ。けれどある時この二つを引っ付けた奴がいる、こいつらが本当に時代を変えてしまったのだ。まさにTimeLineの世界である。


IBMという会社は世界で最初にコンピューターを社会に広めた会社であるがこの社名はInternationll Business Machineというスーパーマーケットのレジで使ってた機械のメーカーだ。それが自動計算機を作り更にコンピューターに進化してインターネットと接続することによりコミュニケーションツールへと変化している。


そして現在ではコンピューターさえ中国のレノボに売却、自らはソリューションビジネスに転化しようとしている。大巨人企業でさえ変化を続けなければいつかはちっちゃなガレージ起業家に追い抜かれる。


僕は幸運なことに高校の授業でコンピューターを学ぶ機会があった。高校生の頃からコンピューターを扱いコボルやフォートラン言語でプログラムを書いてたので、現在のネット社会の進化の方向に何となく肌で感じる「違和感」がある。これって必要なのか?って事だ。


バカッターは5年くらいで潰れるから今回の上場で株を買った人は早めに売ることをおすすめする。それはMixiがドボンしたのと同じ理由である。もっと良いサービスが出れば全員でそこに引っ越しをして残ったのは死骸となったスレばかりのmixiみたいになる。


むしろ土管屋に徹したNTTとかの方が余程堅実である。どのようなソフトも土管なしには通信出来ないからだ。


じゃフェイスブックは?となれば、これも同様でありもっと良いサービスが出れば客はそっちに行く。課金システムが広告代理店システムであればすぐによそに食われる。だからこそグーグルなどはどんどん実業の世界に入り込んでいる。これは正解。


ニュージーランドではTradeMeと言うシステムが好調である。ただ僕はまだ使った事がない。これはネット系というよりインフラ系である。Amazonが絶好調なのも結局は人々が必要とするサービスであり今までは存在しなかったから最初に飛び出したものが先行者利益を獲得して、でもって大体こういうビジネスって「一強九弱」であるからどっか一つにすべてが集約される。


これ、僕が1990年代にやってたビジネスモデルと同じで誰もがやってない時に新しいサービスを提供するとストロー現象が起こり似たような他業種は全滅する。また新サービスを提供しても更に時代の最先端の技術で進化してかなければあっと言う間に新興企業に淘汰される。


これは企業から見た視点であるが、最初に書いたように利用者からすれば社名は何でも良い、使い勝手が良いかどうかだけである。


だからmixiが出来るとすぐアカウントを作りツイッターが出るとすぐフォローし挙句にフェイスブックに入ったら「いいねボタン」を押す苦痛に「何じゃ、ネットなのに実社会のねちゃねちゃがあるじゃん!」と思ってもすでに繋がりを持った人々と縁が切れないので結局ずるずると続けていってますます泥沼にはまるという事になる。


コミュニケーションの取り方、情報収集、どのような方法を取るにしてもそれぞれの媒体が一体何者なのか十分注意してから手を出す必要がある。自分に合った媒体は何なのかを考えずに新しいだけで飛びつくと、苦労するのは結局本人である。


とか言いつつ福岡へ移動。機内ではあいも変わらずでっかいインクの付いたガサガサ紙を広げているビジネスマンがいるが、今の時代にすでに新聞は凋落のさなかでありテレビでさえもネットに凌駕され始めている。


ある調査によれば新聞やテレビ媒体を利用するのは年を取れば取るほど増加して若くなればなるほど利用率が大きく減少していく。中には自分のアパートにテレビもないし新聞も取ってない若者が増加している。


いつの時代も変わらぬ学ぶ心が絶対に必要だが、それは今までの自分を否定して自分を変化させる事でしか成立しない。テレビを観ているだけで世の中の真実は分からない。わからないままで良いのだったらそれでも良いが、もし時間を越えて変化をしたいなら今手に持っている媒体が本当に今の時代に対応しているか、少し考えてみたほうが良いと思った福岡行きの機内でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



tom_eastwind at 13:29│Comments(0)TrackBack(0) NZの不動産および起業 

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