2013年11月29日

人生は糾(あざな)える縄(なわ)の如(ごと)し

ニュージーランドにも税務署がある。でもってきちんと税金を請求してくる。ただ日本のようにダニ役人がまじめに働く企業に寄生して生き血を吸うって感じではない。きちんと話が出来る。彼らは頑張っている会社をダニが食いついて潰したら元も子もないと分かっているから、企業が太ってから余裕が出てきてからゆっくりとやって来る(苦笑)。

 

もちろん彼らの最終目的は徴税であるが僕からすればうちの家族を守ってくれるニュージーランド政府であるから喜んで納税する。ルールが誰にも公平で透明性が高いので問題はない。

 

昨日は午前中全部使って外部で会社経理会議。うちの会社のやってるサポートサービスは「何でも自分でやるキーウィ」にとっては少し意味不明である。そこに需要はあるのか?って。

 

しかし国税局から見ればビジネス・モデルは明確でありすべての売上に対して馬鹿みたいにきちんと納税しているし(これには当社スタッフからもやり過ぎじゃないかって言われる“苦笑”)ニュージーランドの税法から見て問題はないかであり、この点どこから見てもすべてクリアーしている。

 

会社全体の像を紙にしたものを提供して一つ一つのビジネス・モデルを説明していくうちに段々彼らの顔が緩んでくるのも分かり、最後はお互いの生まれ育った環境で英語の違いを話しだして「あたしスコットランドなんだけどさー」とか方言自慢(笑)?ぼくの拙い英語でも皆を笑わせるネタ程度までには通じているようだ(大笑)。

 

では何故ぼくがビジネス・モデルを構築する時に利益を追求しつつ、同時に馬鹿みたいにまじめに納税をしているか?片方でビジネスで利益を追求しようって言ってるのに片方で利益を吐き出す納税するなんて矛盾してない?なんて思われたりする。

 

けどそれは、僕が学校時代に簿記を学び税金の概念を学び国の基礎とは税金であることを学んだからである。

 

誰かが働き誰かが納税をしなければ国家という社会共同体は崩壊する。社会が崩壊してしまえば僕は家族を直接守る必要が出てくるし直接外敵と戦う武器を帯同する必要が出てくるし都市国家の分業という仕組みが破壊されて文明は成長を止めて衰退する。だから同じ仲間である国民同士のために納税するのだ。

 

会議の中である担当者がぼくの経歴を聞いてきた。ぼくの最終学歴は高卒だが高校時代に商業簿記2級を取得して同時に当時としては珍しくコンピューターを学びコボルとフォートランが使えた事を話すと「へー、日本ってその頃から進んでたんだねー」みたいな顔された。

 

そうだろう、ぼくの悪い人相(苦笑)と年齢を考えれば「俺が苦労して大学で会計学んでやっと政府の仕事を見つけたってのに、民間企業の山猿がこんな経理知識まで知ってるんかい?!」って気持ちになるのはよく分かるよ、若いお兄ちゃん、がんがれ!

 

ニュージーランドの会計はIFRS(アイファーズ)と呼ばれる国際基準を導入している。仕分け伝票とか勘定科目に関してかなり効率的であり日本の会計に比較すると簡素化されているのが僕の感じたところだ。

 

世間の一般論としては学校で学んだものは通用しないって話があるが、ぼくの場合は学校で学んだものがそのまま生かされている。経理の概念を理解して税法を理解する、これが会社を長期的に運営出来ている大事な要素の一つだと思っている。はっきり言えば経理の理解出来ない社長は絶対に成長しないし長続きしない。

 

そして1970年代にコンピューターを日本政府の学校予算で学ばせてもらったのも良かった。コンピューターとは自動計算機であり、入力、演算、記憶、出力が基本である。演算の際に使用する関数も数式であり、合理的に物事を考える力もこの時にずいぶんと身についた。

 

九州という土地柄「血が燃える!」とか「男意気に感ず!」ってのが大事にされて合理性とか理論構成が全く無視される中、ぼくはかなりの少数派ではあったが合理性を大事にしてこれたのもコンピューターの勉強が出来たからだろう。

 

もちろん僕も九州人なので熱くなることはよくある。家族には瞬間湯沸し器とよく言われる(苦笑)が、そうは言っても湯沸し器の上には常に「合理性」という鍋蓋が乗っかっているので仕事をしている時には絶対に?湯が沸かない作りになっている??時々沸く?かな。ま、ちょっと覚悟しておけ(さだまさしの関白宣言みたいなものか)。

 

こうやって1996年から17年間経営してきたが、その間に本当に色んなことがあった。例えば2004年にクライストチャーチのインターンシップ事件がテレビで放映された時は「EW破綻か!」なんて匿名ネットで書き込みされたりもしたが、その後労働署や移民局と掛け合ってこれはすべてクライストチャーチの田舎新聞社の捏造である事も証明してもらい、当時新聞に掲載された記事がすべてウソであることも当事者である「被害者」からも証言してもらった。

 

あの時も本当に一寸先が読めなかったが、結果的に思ったのは「この国ってそれなりに公正だよね」って事。外国人に対してもきちんと民主主義を適用してくれるし人の話をきちんと聞いてくれるって事だった。

 

糾える縄のごとく、良いこともあればわるい事もある、けどまじめにやってればこの国では結果的に生きていける、そう感じたインターンシップ事件であった。

 

会議が終了してオフィスに戻ったらすぐとんでもない次の仕事が出てきた。これ、なんつーか、かなり地域性の強いネタであり、これは俺しか処理出来ないなって事で対応する。縄の負の部分ですなー。

 

良い時もあれば悪い時もある。ただ僕の場合それが一日の中で何度も繰り返されて、まるで月と地球の間をジェットエレベーターで10分毎に昇り降りしている感覚だ。

 

いやまー、本当に人生はあざなえるなわのごとしである。今日の唯一の救いは「とりあえずあなたはどこで誰と戦っても負けないっすねー」と慰められた事だ、はは。

 

さってと、今日も現場に出て戦うぞ!



tom_eastwind at 15:33│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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