2013年12月28日

東京の空。


NHK
の番組は最近良いものが目立つ。食わず嫌いは趣味ではないのでどんなクズでも一定期間に一度は食ってみる、テレビで言えば民放がクズ化してると描くだけではなく実際に時々見て評価する。がしかし背景音楽としてもあまりな雑音で10分持たずテレビを消してしまう。それに比べるとNHKは時々点けて偶然目に入る特集番組などが見飽きない。

 

首都高速を51歳の老人に例えてオリンピックに向けた修理をテーマに特集をやってた。修理費用合計9100億円かかるとの事。前回の東京オリンピックに向けて短期間で作ったため土地買収などがうまく進まず、川の上に橋を架けたりした結果として江戸時代から続く日本橋をかぶさるように作られて、今の時代からすれば見苦しい様相がある。

 

しかしそれでも当時は「早いことは良いことだ」と高速道路に期待が寄せられ実際に大活躍して今も利用されている。

 

51年経過して今は老朽化して全面修理の必要が出てきて、そこにオリンピックであるから、これを機会に大改装することになるだろう。とくに都内の意見の中には「日本橋の上の部分を移動出来ないのか?」という案が出ている。何となくだが、これを機会に日本橋のあたりはルート変更するのではないかと思う。

 

9100億円は高いと思うかどうかは費用対効果の問題である。日本が米軍に払っている思いやり予算は毎年1881億円である。これなど国防に繋がっているからある意味必要経費といえるかもしれない。

 

しかし仕事もせずに不摂生を続けて飯を食い過ぎタバコを吸い酒を飲み運動もせず糖尿病になり現在は毎年31兆円かかっている医療費などはまさにだらしない一部国民の無責任から発生している無駄金である。

 

毎年31兆円を医療費に使っているがそのうち数兆円を遣った対象者は5年以内に死んでたりするならホスピスたくさん作って「最後の日々」を医療ではなく「なぐさめ」にして痛み止めだけ用意して後は安楽のまま死を迎えるくらいにすればそれで医療費は抑えられる。

 

抑制した医療費分を首都高対策費にすれば東京のインフラとして次の50年にわたって長期に使える首都高速への9100億円は十分に費用対効果が合っていると思う。

 

特集では1960年代の高速道路建設の様子や街をすっ飛ばす車、超満員電車で乗客の背中を押し込む場面などが流された。1960年代には「早いことは良いことだ」みたいにタクシーまで超特急で飛ばす「カミナリタクシー」などもあった。

 

が、今の時代少し立ち止まってゆっくりと周囲を見渡してみれば東京の違った景色が見えてくる。しかし現実は今も人々が忙しく走り回り他人にかまってる余裕もなく自分の利益のみを追求して共栄しようと言う発想がない。

 

首都高速の改修と合わせて人々が少しゆっくり出来る仕組みに変えていけば、それだけで東京は人に優しく生きられる街に変わることも出来ると思うのだがな。急ぐ必要はない。立ち止まって考えてみる必要があるのではないか?今の生活だけが選択肢なのか?首都高速の改修と合わせて21世紀の人の生き方をもう少しゆっくり、選択肢を広げることは出来ないものか。

 

などと思ってたら、昨日も今日も山手線ダイブがあったようだ。昨日はバーのカウンターで飲みながらパソコンで仕事していたら隣りに座った客が友達と「今日人身事故でさー、参ったよ、予定が大幅に狂っちゃってさー」との事。今日は今日で面談予定だった方から突然メールがあり「山手線で人身事故がありました」との事。

 

年末の今、電車に飛び込んで自殺しなければならない人は目の前の現実から逃げられて幸せだったのか?飛び込む前に少し立ち止まってゆっくり考えてみる余裕はなかったのか?他に解決策はなかったのか?なかったんだろうな。他人の死で自分の予定が変更になった人の事情よりも飛び込むしか選択肢のなかった人の事情に心を傾けてしまう。

 

ニュージーランドではお金のために自殺をしたというケースはない。そのような状況になる前に政府や自治体や周囲が何らかの救いや解決策を提供してくれるからだ。

 

早いことが良いことだ、急ぐだけでまわりに気を使うことも出来ず、気を使っていたら自分が取り残される街。これだけ忙しい街で生活の質をどう維持していくのだろうか?それが結論として他人の自殺を無視出来るようになり新聞のニュースにも載らない世の中に慣れるという事だろうかな。

 

ぼくが以前よく使ってた言葉が「日本はマネーリッチ、ニュージーランドはマインドリッチです」だった。本当にニュージーランドはカネはないけどゆっくりと周囲を見渡して他人に気を使う余裕があって人々は常に笑顔を浮かべ道行く人々が譲りあう、はるか昔のような日本であった。

 

1980年代までは日本人はマネーリッチで豊かだった。早いことが良いことだ、忙しさの代償としてお金が得られた。

 

しかし21世紀になり為替の変動や物価変動の為に日本の最低賃金はニュージーランドの最低賃金を下回ってしまった。平均賃金でさえも日本とニュージーランドに大きな違いはない。すでにマネーリッチとさえ言えなくなったのに仕事の苦しさだけは以前以上である。

 

かたや残業もなく土日は完全にお休みで家族と過ごし年休1ヶ月は完全消化、人々は今も笑顔で他人に気遣いが出来る。かたやブラック企業などと言う言葉が出てきて人々は仕事に苦痛を感じつつ働きストレスを溜めていらいらしながら毎日を過ごしている、ただ生きるためだけに。

 

智恵子は東京には本当の空がないという。そうかもしれない、今も昔も。



tom_eastwind at 20:47│Comments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

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