2014年08月28日

昼時の吉野家

昼時に恵比寿駅近くの銀行に行く。ちょいとした手続をしてその後久しぶりに吉野家の肉を食おうとすぐ近くの店に行き牛皿特盛りを注文する。コメ無しである。特盛り470円?だったかな、生卵50円追加であんまり明確ではないが520円を払った記憶がある。

 

Horse!やっぱり美味い!けどカウンターの作り方、馬蹄形になって外側にずらっとおっさんが並んで、まるで馬小屋だ。ぎゅっと詰めて効率狙ってるのだろうが、何だか馬小屋?おれも馬か?みたいな印象で、餌を与えられた感じでもぐもぐ牛肉を食う(笑)。

 

1980年代の吉野家、ぼくが始めて彼らの存在を知ったのは、福岡の中洲で酒を飲んだ後夜遅くまで開いてる吉野家に飛び込み「ラーメンちょうだい!」って言った時だった。店員さんが慣れた様子で「すみません、うちはラーメン置いてないんですよー」って言われた。

 

ほー、牛丼って食い物が24時間サービスで存在するんだ、結構びっくりした瞬間(笑)今でも覚えている。

 

吉野家は元々は明治時代に日本橋で創業しその後築地に移転、個人経営のちっちゃなお店だったのが安い旨い早いを売り物に急展開した。昭和の勢いに乗りフランチャイズ化して米国進出もした。しかし牛丼という文化を米国に根付かせる前に本体があまりのイケイケで傾いた。

 

その理由は味だと言われている。急増したフランチャイズに配送するタレを粉末にしたり牛肉の質が低下したりと様々な理由はあるものの、やはりお客の口に合わなくなった。そして倒産。

 

その後ミュージシャンを目指して上京し吉野家のアルバイトだった安部という人が吉野家を再建させて、その間も何度も危機をくぐり抜けながら成長を続けた。

 

ぼくが個人的に吉野家を好きで「すき家のゼンショー」を好きになれないのは、やはり吉野家の根本を貫く人間本位の姿勢だろう。倒産の経験を踏まえて絶対にお客様に満足させる味作りの大事さを理解した、そして今でも食券機を使わず従業員がきちんと現金を受け取る、そういう姿勢だ。

 

米国産牛肉の問題が起こった時に多くの牛丼店はすぐさま他国の牛肉を仕入れて対応したが吉野家は店を閉鎖してでも味を守った。まずいものは出さないという方針だが、決して豪州産の牛肉もまずいわけではない。しかしお客の舌は「吉野家の牛丼」の味を覚えており、違うものを出されると騙された気持ちになる。やはり倒産の経験を経て学んだ顧客第一主義である。

 

そして食券機は会話をしない。黙ってボタンを押してお金を入れると紙切れが出て来る味気ないものだ。しかし食堂というのは味があるべきだ。やはりテーブルやカウンターに座って注文を伝えて「有難うございます!」と返されるのが人間らしい味気だろう。

 

更に言えば食券機は店員を信用していない意味である。現金だと店員が使い込むのではないか、そのような経営者の不安が食券機に現れる。ぼくはここに根本的な経営者の弱さを感じる。

 

すき家ゼンショーの経営者は大学生の時代に安保闘争などに関わり結果的に負けた暗い過去があり、吉野家の安部氏は音楽を目指していた明るさがある。なんてかこの二つの企業を見比べると日本らしい二つの面を感じる。

 

他人を信じることが出来るか?顧客を第一に出来るか?結局安保闘争に加わった人々は頭は良いのだろうがどこか他人を信用出来ない、そして顧客第一思考が理解出来ない人が見かけられる。

 

ぼくは吉野家の牛肉の味が好きだし、たぶんそれ以上にBSE問題の対応やスタッフを信用して任せる、そして店員がそれに応えて一杯たった300円の食い物でもきちんとしたサービスをお客に提供する、そういう雰囲気が好きだ。

 

ぼくはニュージーランドに住んでいてもやはり日本人である。スタッフを信用して顧客第一を追求していきたい、その意味で吉野家ファンである。



tom_eastwind at 10:00│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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