2015年08月05日

その先

1980年代にワープロが導入されてそれまでの旅行の手配書や見積を作る際に手書きだったものが、ワープロでタイプされた文字が洗練されて見えたものだ。

 

1980年代当時は夏場の冷房が夕方6時で切れて、手配書を書いたり見積もりをする営業マンは水を入れたバケツを机の下に置いてそこで足を冷やしながら書き上げたものだ。

 

それがワープロ?よし、これで他社より見栄えもするから仕事が取れるぞ!そう思いつつ参加した修学旅行の見積もり、すべての会社がワープロで提出してた(笑)。

 

貴方が導入する最新の横文字は競合他社も導入する。そういう事は思いつかないのだろうか?結局新しい技術そのものは労働者を幸せにしない、残業時間は変わらないまま新しい鎧を身に付けて高度な技術で戦うことが要求されるのだ。

 

日経ビジネスの広告には多くの企業が最新の企業管理ツールや統合ソフトを宣伝している。「このソフトを入れれば御社の業務がこれだけ改善されます!」確かにそうだろう、けどそのソフトを他社も導入すれば?

 

僕が1980年代に顧客管理で一番気を使ったのが「この人は誰?家族は?何に興味があるの?何を食べたいの?」そういう個人のデータである。当時の旅行ってのはとにかく売り切りで、先月ハワイに行ったお医者さんに自分のノルマがあるからってんで「先生、来月香港どうですかー?」

 

先生がそんなに休めるわけがないってのは旅行業従事者には理解出来ないわけで結局押し売りにしかならない。彼らご家族が欲しいものは何なのか?言葉に出来ない彼らの気持ちを理解していく事が結果的にぼくの仕事に繋がった。

 

「エイリアン2」でリプリーが宇宙船の中で海兵隊にエイリアンの説明をしようとすると女性兵士が「いいから、どこにいるのか言って」と誇らしげに言って仲間の拍手をもらった。

 

そして宇宙船は地上に着陸して移民団の住む居住地に移動して門を開けて「そこ」に行き、殆ど皆殺しの目に遭った。

 

考える事は「そこの先」である。誰もが目先の事は考えることが出来る。けどその先はどうなの?

 

ワープロを導入することで作業が楽になり残業も減ってー、なんてのが当時の流行り言葉だったが現実は違った。誰もがワープロを持つことで競争は厳しくなった。

 

顧客管理が出来る人間とそうでない人間の差は何だろう?おそらく前者は人間に興味があり人を人として観ている、けど後者は人間に興味がない?、データとしてしか捉えていない、何だかそんな感じがするな。

 

僕らが生きていくその先に今度はビッグデータがある。世界中の情報が集まって今のAmazonのように「あなたが欲しい本はこれですか?」と返ってくる。

 

すごい時代になったものだ。けれど時代がどれだけ変わっても人間は人間なのだ、どうしても機械やデータに置き換えられない部分がある。そこに人間としての喜びを感じる。



tom_eastwind at 15:58│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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