2015年08月15日

今日も生きている。

僕の父親はニューギニア東部のウエワクという戦場で米軍と戦いそこで負けて西部ニューギニアまで命からがらの撤退をした。撤退の間、仲間は飢えで死に暑さで死に寒さで死にワニに食われて死んだ。

 

僕の手元の記録では125千人の軍隊がニューギニアで戦争をして戦後日本に戻ってこれた兵隊は5千人、死亡率約95%であった。20万人という記録もあるが要するに人が殆ど死んだのだ。

 

ニューギニアを熱帯と思っている人が多いと思うが現実はオーウェンスタンレー山脈が標高4千メートル、この山を越さなければ西部ニューギニアに逃げられない。ところがこの山脈を越す為の服装も道具もない。なにせ南方軍として派遣されたから薄着である。

 

そんな彼らが山脈に入ればマイナス5度のクイーンズタウンのアイスバーに裸で入るようなものだ。凍死。

 

そして何とか山脈を渡った連中も今度は猛暑の中で南北に流れる川を渡る時にワニに食われた。父親の仲間が食われてる現実の話だ。

 

餓死の話が一番ひどい。人肉を食わなければ生き残れない状況。宗教観とか道徳とかいろいろあるだろうけど、とにかく生き残るって思った連中は人の肉を食った。

 

父親もそうやって生き残った。生存率5%ってのをあなたの周りで考えて欲しい。周囲にいる100人のうち95人が死ぬのだ。誰が死ぬのか、皆の顔を見て欲しい。そしてたぶん彼らの目に映ってる95人にはあなたが入っている。

 

終戦記念日はぼくの父親が何とか生きる権利を与えられた日である。その後武装解除されてボルネオの捕虜収容所で数年過ごした。

 

ニューギニア。生き残るってのはほんと、冗談じゃない。あなた、川を渡る時にワニに襲われた事ありますか?

 

戦後70周年、父親の日記を見ながら815日を過ごす。



tom_eastwind at 14:14│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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