2015年08月22日

ここは天国じゃないんだ。

土曜日の朝ネットを見ていると西日本新聞の記事でこんなのがあった。

***

学校で転んでけがをしたら、保健室で消毒をしてもらう−。そんな光景がなくなりつつある。外科医の中で主流となっている「傷口は流水で洗い流す。消毒液は使わない」という応急処置法が、教育現場でも浸透してきたからだ。ただ、家庭では「傷口にはまず消毒液」との認識が根強い。消毒液を使わない小学校では、児童や保護者を安心させるため、さまざまな工夫もなされている。

 

「子どもがけがをしたのに、学校では消毒もしてくれないのか」

 福岡県北部にある小学校には、保護者から、そんな苦情が寄せられたという。保護者は自らの経験から「傷には消毒液」という人が少なくない。

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/180912

***

 

湿潤治療が外科の先生の中で浸透し始めてそれが学校現場でも使われ始めているが今度は親が苦情をするという。困ったものだ、まず親の頭に赤ちん塗った方がいいな(苦笑)。

 

医療の世界が進歩するという事は昨日の常識が明日の非常識になるわけだ。これはちょっと見方を変えてみるとひどい話かもしれない。何故なら医者の処方に従って痛いの我慢して治療受けてたら数年経って「あーあれね、昔はあんな事やってたけどかえって傷に悪かったんだよね」言う方は良いがねー(苦笑)。

 

ことさらこのように時代の変化に合わせて変化していくものが世の中のほとんどである。変化しないのは人間が持つ基本的な感情や知性である。家族を愛するとか世の中に疑問を持つとか、どのような時代でも常に人間内部から沸き上がってくる普遍的感情である。

 

逆に言えば時代が変わっても変化しない大きな部分だけをしっかりと持ってそれ以外のものはすべて変化するという前提でこの世の中を観たほうが良い。

 

「川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず」

「祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり」

 

移住という仕事をしていていつも感じるのが、多くの人々は移住が新しい人生への片道切符くらいの感覚であるって事だ。しかし現実は違う。住居を変えるだけでありそこに行けばどうにかなる「ガンダーラ」ではない。

 

「そこ」に行けば本来の自分が出てくる。良いものは更に良くなり悪いものはどんどん悪くなる。日本で周囲に遠慮して自分を殺してたような人々は本音の自分が出てくる。どんどん良くなる人もいればどんどん悪くなる人もいる。

 

良くなる人は自己実現であり周囲も幸せにするが、悪くなる人はどうしようもない。もう、坂を転がり落ちる石のようであり誰も止められない。何故なら周囲はその人の親でも親戚でもなくその人にとって自分より上の存在がいないからやりたかった事をやりはじめる。イメージとしてはシャイニングの主人公のようなものだ。

 

其の結果として自分がネガティブになり他人を信用出来なくなりどんどんおかしくなっていくがどうしようもない。何が悪かったのか?結局其の人にとっては日本式社会の方が合ってたのだろうな。周りに束縛されて日本にいる間は適当に自分を制御出来たが、実は元々自分に対して強くなかった。

 

***

NZは天国じゃないんだ。かと言って地獄でもない。強くなければ生き残れないし、優しくなければ生きる資格がない、そんな国だ。

チャンドラーもブルーハーツも、こんな国があるって知ってたのかな?

***

 

僕のブログのトップに書いてある内容を「誰これ?」と聴かれた。最初の「NZは天国じゃないんだ」はブルーハーツのトレイン・トレインだ。後半は日本では「長いお別れ」で有名なフィリップ・マーローのセリフだ。

土曜日の朝、医療の変化記事を読みながら変化ってのを考えてみた。 



tom_eastwind at 19:58│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔