2015年09月21日

危機管理

昨日のブログで日本の環境汚染の事を書いて今朝の朝会議の前にたまたま雑談で放射線による白血病の話になった。スタッフの話によれば最近日本で白血病患者が増加しているとの事。ふーん。けど下のブログはちょっと煽りかな。

http://www.asyura2.com/15/genpatu42/msg/623.html

 

そして白血病は被爆して46年後に最も被害(発症)が増えるとのこと。

http://www.rerf.or.jp/radefx/late/leukemia.html

 

この団体、元々は米国の原子力委員会がカネを出して作った組織だ。実際に原爆を落としてみて放射線が人体にどのような影響を与えるのか調査している。何のことはない、人体実験である。

 

けどそこで使われている資料はかなり精度が高いわけで放射線の実情を理解している米国は福島原発が吹っ飛んだ瞬間すべての米国民に「西へ逃げろ!」と伝えたのは理由がある。

 

そして資料によると被爆後46年が白血病患者が急増するとのこと。なるほどこれが冒頭の「最近白血病が増えてますよ」って話になるのか。

 

しかしその絶対数から見れば自殺や交通事故、白血病以外の致死性の病気での比較をしてみたらどうなるだろう。例えばそれぞれに1年あたり10万人のうち死亡率は?原発がリスクではないなんてバカな事は言わないが原発だけがリスクではないとは言いたい。

 

世の中にはたくさんのリスクがある。無差別殺人とか悪い男につかまって家庭内暴力とか麻薬に手を出して人生を棒に振るとか(ほんとだ、棒を振る人生をなくした選手もいる)。

 

隣の家に住んでる住民がどうも目が逝ってるとか夜になるといつも段ボール箱を持って出かけるとか(帰りは段ボール箱の中、ガサガサと揺れている)、どこかの宗教に通い始めておかしくなったとか、人生はリスクだらけである。

 

そこで大事なのは上記のような各種リスクの存在と危険度を十分に理解した上で予防的に避ける方法をとっているか?である。どれだけ避けてもぶつかる時はある。その時は仕方ない、ダメージコントロールを考えることだ。どうすれば被害を最小限に抑えられるか。

 

人生を楽しむ為に積極な生き方を貫き同時にリスクと向き合い管理しつつ、それでも何かあればダメージコントロールに切り替える。

 

日本では福島原発が吹っ飛んだ時政府は「大丈夫だ、けど一部地域は予防的に避難しよう」って、吹っ飛んで放射線浴びた後にアナウンスしても予防にはならないでしょ。

 

予防とは被爆リスクを説明した上で実際に311以前に福島の原子炉掃除をやってたのは尼崎あたりの浮浪者で福島で数週間仕事をして尼崎のどやに戻って暫くしたら病気になって死んでいた作業員がいるという事実を伝えることだ。

 

それでも原発が必要なのか?安価なエネルギーとしての原発が必要なのか?必要であれば最低何基なのか、そういう議論が全くされないままとにかく「安全です安全でえす」だけ繰り返す政府は江戸時代から全く変わらない政策=いつまで立っても国民に事実を告げない「民は寄らしむべし知らしむべからず」だ。

 

原発は原子炉だけでなく燃料棒の保管という問題もある。もんじゅが成功していれば良いが実際には全く実用化の目処が立ってないわけで核のゴミは増え続けていく。これなど全部まとめて日本海溝に沈めてしまえばよいのだけど政治的に実行出来ない、そのリスクは国民がかぶることになる。

 

原発以外でも僕が東京の街を歩くと危険だらけである。特に街を走る自転車の多さ、正面見ずにすごいスピードで走りながらケータイカチャカチャやって耳にはイヤフォン突っ込んで、歩行者がぶつかったら確実に怪我ですぜ。

 

自転車というのは車道を走る時は自動車という強い奴には弱く跳ね飛ばされ歩道を走る時は歩行者という弱い奴を背中から追突して相手を横転させて時には死に至らせるほど強い。自分の乗っているものが何なのかよく理解してそのリスクを分かっているのだろうか?

 

殺人や強盗などもある程度の予防は出来る。夜は外を歩かないとかグループで行動するとか危ない場所には立ち入らないとか、何か大きな音がしたらまず逃げるとか。それだけで随分危険は減る。(あちこち飛び込むお前が言うかと言われそうだが・苦笑)

 

新興宗教は学内サークルのような雰囲気で近づいてくる。綺麗で頭の良さそうな友達に誘われて週末のパーティに参加したらそこは・・・なんてのはよくある話だ。悪い女とか悪い男も同様だ。見かけに惹かれてくらっときて、気づいてみたら抜けられない泥沼状態。

 

これなどまさに世間に対して無知で無垢なのだが無知で無垢では危険が近づいても分からない。本来は親が予めきちんと教えておくべきだ。

 

ただ僕は日本にいて暇な時は新興団体の勧誘みたいのには結構付き合った。路上で声かけられて「え、そう?じゃそこでお茶でも飲みながら聴きましょう」時間つぶしに丁度よいし宗教談義は負けないし分からないふりをして適当におちょくる、後は相手がいつ「からかわれているか」に気づくかだけだ、その時にTimeOut(笑)。

 

十数年前のAucklandの話だがある時女性のお客様に貸し出している携帯電話の通話料金が数千ドルに跳ね上がった。クレジットカードで引き落とせない。自宅に行くとすでにいない。

 

手元の通話資料を元に何があったかを調べた。すると今月になっていきなり毎日朝から晩まで日本に電話している。その前の昼間の電話が固定電話なのでかけてみると産婦人科である。日本の電話先は男性の名前であることが分かった。

 

仕方ないので日本の自宅に電話すると父親が出て新手の詐欺と思われたようで「嘘をつくな!詐欺だろう!資料があるのか!」なので僕は手元の資料をFAXで送った。出来れば全貌を話すつもりはなかったが疑い深い父親のしつこい追求に仕方なくすべての事実を伝えた。

 

数日して父親に連絡するとどうやら娘と話をしたらしい、僕は翌月日本出張のついでに西日本の地方都市に住む父親と駅隣接のホテル喫茶店で会った。

 

この人、最初はものすごく緊張してて額に汗を浮かべ、仕事先のジャンパーの襟を留めて初対面の僕を敵のようにおどおどして見ている。けどきちんと説明をすると次第に緊張も抜けてきたようで途中で顔色も普通に戻り、人の良さそうなお父さん頑張って娘を育てたんだなーと感じた。けどそれが少し足らず今回の事件になった。

 

娘を守ろうとする気持ちも痛いほど感じるが、けど僕はその相手でもないし詐欺師でもない、彼らの人生にそれ以上踏み込む事は出来ない。仕事だからと売掛金の回収で現金を受け取って分かれた。利息は取ってない。ホテルを出て新幹線に乗って次の街に移動しながら「はあ、人生って辛いよなー」ってほんとしみじみ思った。

 

ほんとに世の中には山程のリスクがある。僕らは実は毎日闇夜の地雷原を歩いているのだ。地雷を踏まなたい為にはまず地雷が何なのか知ることである。そして地雷原がどのような構造になっているのか予め地図などで勉強しておく。勉強は可能である。

 

時に十分注意しても地雷を踏むこともある。ダメージコントロールに移る。その時はそれが人の足を吹っ飛ばして戦闘能力を奪うだけなのか殺人能力があるのか最大のリスクを考えつつ地雷の無力化を図る。地雷のピンを踏んだブーツを片手で押さえつつ脱ぐ。そのブーツに体重と同じくらい重いものを入れる。

 

無論途中で一つでも間違えば吹っ飛ぶ。それでも何もせずに泣くだけでは問題は解決しない。最大のリスクを考えつつ最高にポジティブな気持ちで行動する。ネガティブだと手が震えるからだ。

 

どうだろうか、世の中はリスクだらけであることは誰もが危機意識を持っていれば分かることだが現実の日本では安全ボケ平和ボケがどれだけ多いことか。

 

原発に限らず世の中の現実を理解して如何に自分が危険な場所に生きていて危機管理を積極的に行うかの大事さを理解してもらいたい、原発とか安保とか、他人事ではないのだ。



tom_eastwind at 22:06│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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