2015年11月12日

本を読もうよ

多くの日本人はニュージーランドに移住すると心が自由になる。これは一つの真理である。家族や親戚や知り合いから一切開放されるからだ。

 

そうなると必ず起こるのが本人の本性が表れるという事だ。つまり日本にいる時は周囲に合わせて気を使っていたのがNZに来ると誰も干渉しないから自分の本性のやりたいことが出来る。

 

この、本性のやりたいことが良いことであればその人はぐんぐん成長する。中村天風の言うような積極人生で自分が自ら道を作り周りに影響されず自分の望む事を一生懸命出来るから、例えばそれがスポーツでも仕事でも勉強でも、自分で時間をコントロール出来てどんどん幸せになれる。

 

ところが移住して来た人々の中には、どうも「ニュージーランドに行きさえすれば幸せになれる」と思ってる人もいる。NZに行くだけではどうにもならないのだけど、こういう人たちは日本で抑圧されて来たからそんな事は考えない、とにかくNZに来ると開放的になる。

 

ただその開放の方向性が違う。本性のやりたいことが悪いことである場合だ。悪いとは抽象的だが積極人生の正反対である。

 

他人頼り、自己責任を認めない、お茶しない?と他人の悪口や誹謗中傷で日がな一日時間を潰して何かあれば「あたしは悪く無い、悪いのは他人だ、あたしの話を全然聴いてくれない」となる。徹底的なマイナス思考に陥る。

 

そして困ったことにこういった輩は日本では両親や親戚や学校時代の友達が諌めるものだが周りにそういう人がいないので一気におかしくなってしまう。もう一つ困った点は彼らには生活出来る資金があるという事だ。就職して他人と接する機会があれば上司や同僚から声をかけてもらえるがそういう機会もない。

 

これはもう、発狂とはこういうものかと思うが一人の人間がたった3ヶ月で完全に「本性の自分」に変身する。NZに移住して20年以上になるがいつの時代も必ずこういう人間がいた。

 

おっかしいな、先月まではまともだったのに今月になると何かと他人の発言にからみ「あたしの事言ってんの?」とか「あんまり他人をバカにしないほうがいいわよ」みたいなおかしな事を言いだして周りに引かれる。

 

周囲に何もなく止めるものもない状態では朝から晩までおかしな事を考えてしまうからそのうち自分でも何を言ってるか意味不明になるのだが、その時になって周囲に注意されても「あんたが何言うのよ!」と逆切れする。

 

こういう時はあまり他人と接触せずに自宅で読書をお勧めする。特に時代の洗礼を受けて残った西洋古典や日本の歴史小説も良い。良い本は読む人に素直に語りかけてくれる「あなたが今日した事って他人から見たらどうなんだろうね?」と。

 

そもそも人間には理性と感情がある。

 

人はまず感情で行動する。そして何故こうしたんだろうと後になって理性で考える。そしてその行動が正しかったのか、自分に与える影響と周囲に与える影響を考えて自分がどうすべきだったかを考える。

 

ところがこの理性の部分が未発達の状態なものだから感情制御が出来ない。人に言われてもプライドがあるから絶対に話を聴かない。

 

けれど本なら別である。自分の部屋で一人本を開いていると本が語りかけてくれるし、それならある程度素直に聴ける。幸いニュージーランドは時間だけはたくさんある。図書館もあちこちにある。

 

自分が最近周りとぶつかるようになったなとか怒りっぽくなったなと思ったら読書をお勧めする。僕が好きなのは山本周五郎である。あの本を読むと人間の可能性を信じることが出来るからだ。



tom_eastwind at 12:03│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔