2016年04月07日

乞食

昨日の夜のテレビで話題になってたのがAucklandやウェリントンの大通りに座り込む乞食である。

 

10年前はほぼ誰もおらず5年前も少ししか見かけず、ところがこの1年で急激に増えた。それも中には元気そうな若者が薄汚い格好で道端に座り込みタバコを吸いながら紙コップを振って「カネくれ」とやってる。紙コップ振ればカネが入ることを覚えたからだ。ちなみにタバコ一箱20ドル(約1,600円)である。

 

街の景観としてあまりにみっともないし働こうと思えば仕事はあるわけで、大体ヴィトンの前で汚い格好で乞食をするのは「働かずに食っていく」という資本主義の最先端を追求しているのか単にバカで小銭が集まって納税しなくて良いからやってるのか。

 

いずれにしてもこの問題は1年前からAuckland市議会でも議論になり、乞食取り締まりをやっていた。

 

ところが問題はクイーンストリートで救世軍あたりが募金を集めるのと乞食とどう違うのかとか、音の外れた笛を吹くだけの下手な大道芸人と乞食とどう違うのかとか、乞食を生む社会が悪いとか、わけの分からん社会主義者のいつもの通り答の出ない議論になっていた。

 

しかし現実的には町中にはびこる乞食対策が必要であり、そこで昨日出てきた一つの案が「乞食にカネを渡したら違法とする」だ。

 

乞食にカネを渡せばその場で罰金刑である。1ドル渡して10ドルの罰金とするのか細部は未定のようだが、いずれにしても仕事が十分にある今のAucklandやウェリントンで若者が乞食をするのは良しとは言えない。

 

今までは普通のキーウィが何の考えもなく小銭を渡していたがそれがどういう問題になるかは予想できた事だ。そして予想通り1年で街の乞食は急増した。

 

ぼくは社会における「施し=乞食」問題は一概に悪いとは思ってない。戦後の日本でも神社のお祭の時には神社の片隅で白い軍用浴衣を身に着けた手や足のない傷痍軍人達がお祭りに参加した家族から施しを受けていたものだ。

 

全員が本当に軍人だったかどうかは分からない。だが日本の為に戦争に行き大怪我を負って帰国しても日本政府の「施し」は雀の涙であった。公的扶助が届かない場合に私的扶助があるのも良いと思う。

 

東南アジアの托鉢僧のように毎朝お布施を頂く文化もあるしイスラム国家では富める者が貧者に寄付をするのは当然だという考え方もある。

 

しかしAucklandやウェリントンの乞食の場合そんな社会的見地からどうのこうのという高尚な議論ではない。

 

仕事もあり社会保障もあり食っていける状況なのにへらへらにたにたとタバコを吸いながらだらけて乞食をして道行く人々を不愉快にさせる行為ってのはまともなキーウィからすれば「ふざけんな!もっと真面目に生きろ!」である。



tom_eastwind at 16:50│Comments(0)TrackBack(0) NZの不動産および起業 

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