2016年05月13日

街の顔

金曜日は少し時間があったので富士金で早い昼食を終わらせてキーストリートの波止場まで歩いて行く。

 

今日はワイテマタ湾の青い水の上で風に吹かれた波が太陽の光に跳ね返りその白さが美しい。

 

波止場と書くと場末な印象があるけどここは今やヒルトン・ホテルもあり海沿いにレストランが立ち並び高層オフィスビルもあり観光シーズンには北半球から大型客船が毎年何十隻も乗り付けて首から観光客札をぶら下げた老夫婦たちがクイーンストリートを珍しそうに歩いている。

 

けれど僕の知っているこの場所は20年前は間違いなく波止場だった。当時はワイテマタ開発計画だけはあったが実行するための資金がなかった。

 

ヨットのアメリカズカップで優勝してもチームは解散、メンバーは北半球のチームに出稼ぎ、そのメンバーが各国ヨットチームのキーメンバーとして活躍してキーウィの強さを世界中に魅せつけたが肝心の自国のヨットハーバーは閑散としたものだった。

 

同時にブリトマート計画というのもあった。クイーンストリートを下って左側がワイテマタ開発計画であり右側がブリトマート開発計画だ。

 

Auckland駅をブリトマートの地下に引き込み近代化しつつ1800年代に貿易商人達の事務所だった事務所の外見はそのままに中身をぶっ壊して近代的なオフィスやショップに作り変える。

 

この計画も青写真のままで当時の古い建物は貧相なままに残り何だか暗い街の雰囲気になっていた。これもこの街にカネがなかったからだ。

 

それが今では「ここどこ?」って言うくらいの変貌を遂げた。昔の貿易商事務所はうまく改造してお洒落なハーバーレストランになり広場の隣には高層ビルが建ち夜になると仕事帰りのビジネスパーソン達があちこちでビールを飲んでる姿を見かけることが出来るようになった。

 

ワイテマタ、ブリトマート、共にたった20年でこの波止場が一大商業地域として発展して人が集まる場所になった。この発展をずっと目の前で観て来た。

 

久しぶりにこの辺りをゆっくり歩く。変わったなー。ブリトマートには一時期クレイフィッシュ(伊勢海老のようなもの)を食わせる店もあったが今はお洒落なレストランになっている。

 

この発展の背景には色んな要素がある。労働党から国民党への政権移譲、北半球から「安全で安心で原発もなくて食料と水のある国」として認識され始めた。

 

新しい投資家ビザ枠が作られて北半球の投資家から資金が入るようになり北半球の人々がこの街に来るようになった。もちろん彼らはこの国に永住するわけではない、あくまでも南半球の安全な国にも住む権利を確保するためだ。

 

それでもこの街からすれば有り難い大きな衝撃である。この金で青写真が現実の建物になっていったのだ。

 

次々と開発は進み、リーマンショックで1年ほど停滞したがすぐに復活して現在に至る。

 

これから地下鉄計画が始まる。それもこの波止場から始まる。まずはマウント・イーデンに向けて地下鉄を作りそこから西や北へ十数年かけて拡張する予定である。

 

街の顔ってある。僕はいろんな街や国を移住して来たが、行先の行き交う人々の顔、街の空気、それが客観的に感じられる。まさに今この街は大きな変化のど真ん中にいる。



tom_eastwind at 12:00│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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