2016年08月17日

街の変化 タクシー

先週のカサドールはマオリ語ではありません、英語を話す狩猟の好きな白人が考えた店名でしょうね。それからウェリントン。明るくてカフェ文化が発達しててこじんまりした成長真っ最中の良い街です。

 

さて、オークランドのシティでは最近「流し」のタクシーが出て来るようになった。これも街の変化であろう。

 

15年ほど前のシティのタクシーの案内は「タクシースタンドでしか停まってません」であった。北半球の都会のような流しタクシーはなかったのだ。

 

それが流しタクシーに慣れている北半球の人々がシティにやって来て街を空車で走るタクシーを見つけて普通に手を挙げて拾うようになり、それならタクシー運転手も「流してみよう」となったのだろう。まだまだ見かける機会は少ないけど変化である。

 

「タクシーは電話で配車するもの又はタクシースタンドに行く」が常識であった従来のキーウィからすると「ふ〜ん」である。

 

オークランドのシティで働く人々は自分たちの常識が最新版と思っているけどいざ流しのタクシーが出るようになれば彼らも「流し文化」に近づくのだろうか。

 

そう言えば10年以上昔タクシーの乗り方の話をした事がある。

 

「タクシーに一人で乗る時はどこに座りますか?」普通の日本人であれば後部座席であろう。

 

しかしキーウィビジネスパーソンは習慣として助手席に座る。なので逆に「もし白人が一人で後部座席に座ってれば米国人か豪州人です」と説明してた。

 

え?と思うかもしれないけど、ではあなたが友達の車に乗る時に後部座席に座りますか?

 

キーウィはタクシー運転手も乗客も社会を構築する仲間であり平等である。社会の中でそれぞれが与えられた立場で仕事をしている。

 

だからお金を払う払わないじゃなくてその前に人として対等で平等、友達なのだから助手席に座るのである。

 

その背景にはこの国の国民皆平等という歴史的背景がある。この国が英国の植民地として始まった当初、この国は社会主義国家として様々な法律が作られた。

 

その背景には当時の宗主国である英国の階級社会、労働搾取、無教育等を観ていた英国からの集団移民が「僕らの国では誰もが平等だ。階級を作らず労働者を守り義務教育で子供を育てる」という革新的な考えがあった。

 

1870年代後半からは鉄道整備と冷凍輸送船が出来た事でニュージーランドで作られた豚肉、羊肉、牛肉などが英国に送られるようになり経済は成長した。

 

こうした時代背景を後ろにリチャード・セドン首相(18931906)の時代やその前後には世界初の女性の参政権、不在地主税(小作人を使って儲けることを許さない)、老齢年金の導入、(医療と教育はすでに無料)等など弱者や労働者側に立った視点で政策を取り入れていった。

 

これがあるからこの国では今も労働者と経営者が平等の立場にあるのだ。

 

このような社会政策を通じてこの国では人々はみな平等であると国民の意識が定着した。大手企業の社長もタクシーの運転手も皆平等な労働者である。皆自分の決まった仕事をして社会に貢献するのだから社長も運転手も平等である。だからタクシーは助手席に乗る。

 

そうやって出来上がった文化であるがこの十数年の人口増加、タクシー運転手の移民化(主にインドや中東)で今までの文化が次第に形を変えていくようになっている。街の変化をこうやって観ていると本当に時代を感じる。



tom_eastwind at 10:53│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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