2016年10月29日

どちら向きの平等?

いよいよ来年の税制大綱に向けて観測気球が打ち上がり始めている。親子海外5年居住の延長など相続税でも変化が目立つ。

 

財務省の目的は明快だ。相続税を強化して親が作った財産は最終的にすべて政府が没収する。「心配するなお前のカネは政府がきちんとうまく使って再配分するよ、君の子供は政府が大事に育ててやるよ、次の世代の労働者としてね」である。

 

日本政府の言う「金持ちも貧乏人も作らない」。こう書いたら格好良く観えるけど実態はそうはならない。このやり方は実態は下向きの平等、人々が伸びようとする人の足を引っ張る、やる気を無くす悪い平等になってしまう。

 

それは当然だろう、個人がリスクを取ってビジネスを成功させてたっぷりと納税した後のお金は子供の為に残す、それが自然な行動だ。ところが政府はそうはさせないと言う。するとリスクを取って起業する人々が減少してしまう。

 

しかし政府からしたらそれでいいのだ、日本の支配層は国民に対してそれほど上向きにやる気を持たれては困るのだ。

 

何故なら支配層は超少数であり本当にやる気をもった人々が起業家から政治家に転身して既存支配制度に反発されては困るのだ。

 

政府もそんな事は分かっている。東大法学部を出ているのだから。政府の目標とする国家社会主義ではほんの一握りの選ばれた支配層だけによりすべてが決まりそれ以外の人々は全員が下向きの平等で暮らしていくようにする。

 

下向きの平等は確実に国民が収縮する。そして支配者側が様々な政策を自分が経済的リスクを一切取らずに打ち出していくが敗戦など本当の苦労をした事がない年代が企画担当者になると必ず大風呂敷で失敗してしまう。

 

けど日本政府は自分がリスクを取らずに政策を作るから失敗しても知らん振り、後は民間で処理してねとなる。

 

この「ほんの一握り」だけが日本の支配者として毅然として国家を睥睨するが、表面上は民主主義とか資本主義とか言ってる手前、皆にある程度の自由を渡す必要がある。選挙権とか職業選択の自由とかである。

 

こうやって一応権利は与えるが子供の頃から徹底して「失敗を恐れる教育」を植え付けられている被支配側は権利を使うとか何かに挑戦するのではなく本能的に何とか大きな企業にぶら下がろうとする。その中で社会体制に組み込まれていく。

 

そして若者がいつも下向きになり他人の足を引っ張るようになれば上、つまり支配側の仕組みを考えることもないので支配は永遠に続くというわけだ。

 

さあこれが日本的社会であり相続税強化は支配強化の為の大事な政策なのである。

 

しかし共産党の本拠地である中国の改革開放を進めた小平が取った政策は上向きの平等である「富めるところから富め、そしてその富が中国経済を全体的に上昇させるのだ」である。

 

中国は建前は勿論共産主義国家である。しかし実態として広い中国を運営していくには構造的にムリがある。なので経済を開放して上向きの平等、「富めるところから富め」政策を行いこれが大成功したのだ。

 

中国の経済特区である深センでは1990年代次々と外資系工場が立ち上がりそこに中国西部の田舎の農村から働きに来る若者たちがいて、若者は農村では1年かけても稼ぐことが出来ない現金が給料として手に入った。

 

同時に若者は経済がまるで爆発するような成長の中、自分もいつかは起業してやるんだと考えた。

 

深センは元々農村であり汚い川沿いの小屋で豚を飼育したり野菜を作ってた。ところがその土地にビルが建ち並び企業が経済特区の恩恵を受けて発展したものだから景色は激変した。人々は次々と起業して挑戦した。失敗を恐れずに何度でも挑戦した。

 

そしてその力が深センをあっと言う間に香港より大きな都会にしたのだ。

 

僕は小平の南方巡話の看板が建ち始めた1990年代の田舎の深センを知っているが今ではあの景色は過去のものになっている。

 

今の中国は誰もが上向きの平等を目指している。他人の足を引っ張る暇などない、自分の目的に向かってまっしぐらである。ただその過程において周囲を顧みないものだから海外に出ると嫌われるのである。

 

上向きの平等の中国と下向きの平等の日本、どちらが良いかは本人次第である。



tom_eastwind at 07:04│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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