2017年01月23日

恵比寿が変化している

古い仲間と恵比寿で夕食。渋谷でも感じたがおしゃれな店が増えている。昔のように「美味しければお客が来る」という時代ではなく、お客様にどのようにレストランにいる時間を楽しんでもらうかという総合エンターテイメントのような感触である。

 

そう言えば渋谷でも宮益坂あたりのお店はどこもお洒落であり自分がどれだけ田舎から来た田舎者であるかを痛感させられる。

 

渋谷で出た話題が「東京中心部にいるとどこが不況か分からない」という内容である。実際に港区など東京5区にいると景気の良さしか感じない。

 

大手メディア本社、大手企業本社、政治の中心地、日本のど真ん中、とにかく日本の良いところのすべてがここに凝縮している。

 

恵比寿を昼間歩けば、特にガーデンプレイスではベビーカーを押して楽しそうに歩く親子3人とか普通に見かけて誰の表情も何の屈託もない様子である。少子化?高齢化?どこの話?である。

 

このあたりでは今も次々と高層マンションが建設されており人が集まる街となっている。

 

けれど同じ東京でも足立区や千住、昔の山谷あたりに行くと今でも木賃宿があり一泊1500円とかで泊まれる安宿があり人々は高齢化して建物は老朽化している。

 

その時ふと思い出したのが不可触賎民という言葉だ。同じ東京都民でも住んでる場所がちょっと違うだけで観ることも触れることもない人々が存在する事実である。

 

渋谷に住む人々が山谷に行くこともなく山谷に住む人が渋谷に行くこともない。お互いの生活レベルは大きく異なっても相手の地域に行くことがないからそんな事を感じない。または万が一何かの用事か現場の仕事で渋谷に行くことがあっても渋谷の住民からすれば目に入らないし手にも触れないまますれ違う。

 

日本で情報発信をしたり優位な立場にいる人達は自分の身の回りに観えるものしか見ないから自然と彼らの価値観で情報が発信されて彼らの中で共有される。

 

従って日本全体の少子化高齢化貧困化デフレなどは文字としては存在しても手に触れる現実問題として感じることはない。

 

5区に住む5区民もそれなりに身分相応な暮らしをすることで倹しくして彼らの社会の中の階層に溶け込んでいるがそれが既に日本全体からすれば高品質であることを認識していない。何故なら彼らの世界は5区で完結しているからだ。

ちなみにここの5区は本来は「千代田区、中央区、港区、渋谷区、新宿区」であるが最近は目黒の一部や台東区の一部も含まれるようになっている。

 

戦後の日本でフラッグキャリアの東京採用職員に福岡転勤命令が出た時に拒否して退職したその理由が「箱根を越えて向こうに行ったことがないから」だったそうだ。東京から西は魑魅魍魎、悪魔の住む世界か、または誰も仲間のいない原野か密林に放り出される気持ちだったのだろう。

 

東京は自己完結して日本の二極化はこれから益々進んでいく。



tom_eastwind at 11:23│Comments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

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