2017年01月29日

トランプの国造り1 グローバリズムからのお別れ

僕が常に主張しているのは社会に参加する人々全員の「上向きの平等」である。

 

現在の日本のような能力のある者を皆が足を引っ張り合って結局誰もが貧しいままの「下向きの平等」な国ではなく、出来るものが先に上に駆け上り他の人々を引き上げていく社会である。

 

これに対してグローバリズムとはよく言えば国境を越えた平等を要求する仕組みであるがそこに参加する(させられる)全員の平等を保証する仕組みではない。

 

悪く言えばグローバリズムというのはほんの一部の人々が国境を越えて長期的に利益を独り占めしていく社会である。

 

もっと分かりやすく言えば植民地時代のスペイン、英國、フランス等が行った世界のほんの一部の白人諸国の人々(支配国)によるそれ以外の人々(植民地)からの恒久的搾取である。

 

それが21世紀になってインターネットが発達して飛行機の高速化が進み国境の枠を越えてバーチャルリアリティとして世界に広がりこの「搾取の仕組み」が独り立ちして植民地時代の支配国家の代わりになっていくのだ。

 

うまく波に乗れた20%の人々にとっては人生は素晴らしき新世界であるが残りの80%の普通の人々にとっては何故か知らない間に生活が貧しくなっていき個人の努力ではどうも是正のしようがなくなる新世界でもある。

 

そんな時に国民全体の利益調整を出来るのは現在の仕組みでは各国政府である。しかし米国では自由主義の下各人の努力に任せた。その結果として世の中が二極化した。

 

そしてトランプ大統領が出現した。彼は米国の代表なのだから米国の一部の人々だけが儲かる仕組みではなく米国民全体が利益を享受出来るような仕組みに戻そうと主張している。

 

このために必要なのは今までのような自由主義ではない。高い車でも地元産を買うことで雇用と経済が維持出来る。外国から輸入される車には高率の税金をかける。米国民の賃金で米国で車を作り米国人が買う。地産地消であり皆が豊かになれる。

 

メキシコから買えば安いがそれは米国の雇用を奪い購買力を無くすわけで結果的に米国の国力を低下させ国民の80%は不満を感じる。

 

労働者は消費者である。だからメキシコから買うより高くても国内産の車を買うことで米国の国力を維持することが何より大事である。

 

米国民が強い米国を望み豊かな社会を望むならそれなりの費用負担をしなさいという事である。

 

こう書くと何だか斬新に観えるけど要するに昔の貿易保護主義である。自国の経済を自国で完結させる。技術革新は少ないかもしれないけど国は安定する。国民は安い買い物だけを求める消費者ではなく同時に労働者でもあるのだ。

 

これは日本がやってる米の聖域を守るための高率関税とは根本的に違う。米は働かない農家を食わせ米を作らないことでお金を渡し一部の選挙票を確保するためのせせこましい話であるが今トランプがやろうとしているのはそれを国家全体に拡大していくことである。

 

以前も書いたがこれも間違いなく一つの国造りの形である。今まで米国はどっかの奥の院が描いた筋書きで「政治的に正しい」事ばかりをやったもんだから一部の人々は利益を得たが多くの米国人にとっては単なる疫病神にしか過ぎなかった。

 

人々は仕事を得ることで誇りを持ち収入を得ることで家族で美味しいご飯を食べて自分の家に住み自分の車に乗ることが出来る。そんなお金持ちでもないけど近所の人達と同じような楽しい生活が出来ている。それもトランプが上手くやってくれれば、だ。

 

人々の期待はトランプに集まるだろう。その効果が何時まで続くかは先の話、まずは目の前のパンとステーキの話である。



tom_eastwind at 17:59│Comments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

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