2017年02月11日

人権について

人権という概念はマグナカルタやジョン・ロックの自然権思想が発展して出来た考えと言って善いと思う。

 

ところが19世紀あたりから君主制国家が台頭し人権が「国家より与えられる権利」と置き換えられるようになった。

 

それが第二次世界大戦以降は自然権思想が復活して「人が人であることで有する当然の権利」として世界に普及して日本でも憲法で「犯すことの出来ない永久権利」として認められるようになった。

 

しかし日本では江戸時代から人権は存在せず武士の支配の中で人々は自然的人権を持たず生活をしてきて、まあ庶民も何も考えなくてお上にお任せでいいから気楽に生きていた。

 

明治時代は天皇制が復活して天皇の赤子(せきし)となり天皇の子供だからやっぱり自然賦与の人権はなかった。

 

それが第二次世界大戦で負けてから米国思想の自然権が憲法に取り入れられるようになった。

 

「権利のための闘争」は19世紀ドイツの法哲学学者イエーリングが主張した考えであるが日本では初等教育の段階で「そんな、権利権利って言うんじゃないよー」と教え込まれて否定されている。

 

戦うことを嫌う日本社会でどうやって自然権としての人権を維持することが出来るだろうか?

 

憲法でどう書かれても憲法を守らず主張せずでは憲法などないも同然だ。

 

けどこんな小難しい事を勉強して憲法の権利を守り尚且つ戦うなんてめんどくせーな、そんなのはお上がやってくれよ、そう言って権利を放棄するのが一般的日本人である。そして都合の良い時だけ「俺の権利はー!」と的はずれな主張をする。

 

日頃運動もせず不摂生をして糖尿病になり足の切断って事になって「おい、やめてくれよ!」と言っても遅い。自分の責任なのだ、麻酔だけはかけてやるから覚悟しておけである。

 

今日はあまりに身勝手な日本人の書き込みを観ていらっとしたので自分の備忘録として書いたが、自分を動物としてしか扱わないものはすでに人間扱いされない事は理解すべきである。



tom_eastwind at 18:28│Comments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

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