2017年04月16日

4月16日個人面談

今日の個人面談は偶然だが30代のご夫婦が続いた。

 

この年代は人生のキャリアチェンジが出来る最後の年代であろう。

 

40代になると会社でも個人生活でもそれなりの地位になり責任もあるだろうし地域に根ざした生活をすべて投げ打って家族と共に移住と言うのは流石にきつい。

 

なので当社のお客様の年齢層は30代社会人か50代後半の起業家や経営者となる。今の40代は生活の場所が固定されてる分移動という選択肢が取りにくいのも事実である。

 

但し移住に大事な要素はたくさんあるけど何より普通の人々にとって絶対に必要なのは移住のための資金である。なので今回もこの点を強調した。色んな移住を観てきて分かったのは、カネのない移住に成功の可能性は少ないと言う事である。

 

実は移住に成功と失敗の基準を作ることは難しい。どこかの時間で成功と言う到達点があるわけではないからだ。けれど到達と自分で感じるまでの道のりに必要なのが車を走らせるガソリンである資金である。これがなければ確実に移動のための車は止まる。

 

例えば永住権を取れば成功なのかと言うわけではなく、そこから後の人生で希望する収入を得ることが出来ず折角子供は地元の学校に馴染んだのに何時まで経っても持ち家を買えなくて高い家賃に苦しめられて日本に戻ることもある。

 

長く住めば良いと言うわけでもない。永住権も取れた、仕事も上手く行って持ち家も買った、けど何時の間にか職場の若い娘と良い仲になり奥さんと派手に離婚、子供を連れて日本に戻られて慰謝料の支払い。これで移住が成功したと言えるのか?

 

移住もした、家族とも仲が良い、持ち家もある、収入もある、けれど子供が日本語をきちんと話せず日本のおばあちゃんに可哀想な気持ちをさせる、これも笑いと悲哀を含んだ困ったものだ。

 

ちなみに昨日の英語の先生に教えてもらったが、英語と日本語は相性が悪いそうだ。どっちかが上手くなるとどっちかが苦手になるとの事。だから子供にとって周囲からバイリンガルと言われても実は本当の意味のバイリンガルになることは難しい。

 

これは僕も感じている点だ。何故なら日本語の根っこの部分には中国文化があるし仏教文化を基礎にしているからそこを学ばないと日本語の言い回しを覚えることが出来ないけどNZにいては学ぶ機会はない。まさにお釈迦様でも知りますまいって事だ。

 

同時にNZに住んでても両親が日本人である場合地元キーウィのキリスト文化を学ぶ機会は少ない。ましてやシェークスピアを自宅で朗読する機会もない。ところがやはりある程度の会話になるとNZではラテン語とシェークスピアが出来るかどうかで語彙が変わる。

 

移住とはあくまでも家族で幸せになる為の一つの手段であり目的ではない。目的は幸せになることだ。だから移住と言う手段に対して成功か失敗かと言う定義を作ること自体にはあまり意味はない。幸せに至る道は移住だけではないからだ。

 

父親が死ぬ時に幸せなら、その時初めて父親にとって「移住して良かったかも」となるのではないかもしれないがその子にとってはまだ人生は始まったばかりであり「親父のやろー!」と思ってる間は移住が成功とも言えない。

 

その意味で移住に成功も失敗もない、それは道路を右に曲がったか左に曲がったかだけでありそこから先の道路をどう運転するかが大事なのである。

 

けれど手段としての移住であってもそれを自分の一回の人生で何度も繰り返してみて分かったのは、移住資金が十分であればあるほど移住と言う手段を有効化出来ると言う事実である。

 

僕の場合人生で4回の落下傘移住をしたわけだがどの時も潤沢な資金などなく頼る人もない落下傘降下なのできつい思いをした。けどいつの時も運良く落下した街が丁度地景気が良くなり始めててとにかく一生懸命働きさえすればどうにかなっただけだ。

 

1979年の福岡は日本のバブルの始まりであった。中洲が賑やかになり始めた頃である。あっと言う間に中洲の大通りが週末になると並んで歩けないくらい酔客で混み合うようになった。

 

1988年のクイーンズタウンはバブルに沸く日本からハネムーナーがジャンボに乗ってやって来て空前の観光ブームが始まっていた。

 

1991年の香港は中国返還景気でハンセン指数が2倍になるほどの好景気が始まっていた。日系大手企業が超円高で中国の広州や珠海、深センに次々と工場を移し僕が働いていた香港日通は全ての部門が毎日が戦争なほど忙しかったものだ。

 

1996年のオークランドはデビッド・ロンギとロジャー・ダグラス蔵相の「ロジャノミクス=市場の自由化」が成功して1980年の国家のデフォルトから復活してプライマリーバランスが黒字化し始めた頃で成長する景気に合わせてシティ内の建築規制が変わり高層ビルが立ち始めた時代だ。

 

しかし2017年現在のオークランドのように景気は良いけど同時に腕の良いプレイヤー、つまり世界から集まる優秀な労働者がいる街で後から来た日本人が良い給料を得るのは難しい。

 

だから最初の5年位は仕事がなくても食っていける資金を用意することは必須である、もし離婚されたくなかったら、であるが。

 

但し上に書いたようにカネでさえも幸せを保証するものではない、あくまでも家族の幸せを作るための大事な要素であるってだけでカネがあれば幸せになるってのはあり得ない。

 

どこかの生命保険会社の宣伝であるが「何である?愛である。」

 

カネで愛は買えないが子供のための保険は買える。移住資金もそれと似たようなものかもしれない。



tom_eastwind at 14:01│Comments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

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