2017年10月07日

近江ビジネス

ランドバンキング開発も進み今週から現地で販売オフィスを設置している。建設現場のコンテナの内装をショールームにしてフェンチャーチ地区第一期開発の全体図、販売価格などを掲載して毎週火曜日から土曜日まで毎日2時間程度見学と説明を行う。

 

まだまだ一里塚ではあるがNZで仕事をしていてここまで円滑に動く案件は少ない。勿論現場では細かいことが散乱しているがそれでもこれはチームワークの賜物だなと思う。皆の方向性が一致していてそれぞれ担当が明確でそれぞれ担当部門はプロなのでお互いに相手の仕事を尊重しつつ全体最適を考える事が出来るのが良い。

 

この不動産開発はオークランドのファーストホームバイヤー向けの企画であり購入者にはローンの金利を政府補助とか購入価格を値引きとかいろんな仕掛けがあるので通常の地区で購入するよりもお手頃に設定されている。

 

そして政府が直接購入する件もあるので、住宅の青写真が出来た時点で大体40%は売り先が決まり完工するまでにほぼ100%売却先が決定する。なので一軒の住宅建設を開始して売却まで半年以内、完工後すぐに売却資金が銀行から振り込まれるのでその資金で2軒目の建設を着工する。そしてこれも半年で完工売却代金回収となる。

 

なので一つの資金が一年で二回回るので一軒当たりの建設利益15%が二回転して粗利で約30%の内部収益率と言う計算になる。

 

これも今の時代のオークランドだから出来る芸当な訳で、同じことを今の日本でやってもあり得ない話である。

 

けど昭和30年代の大阪や東京ではどうだったろう?僕のお客様で大阪の万博跡地を住宅建設に利用して建売住宅を作ったら、作った端からどんどん売れていった時代があった。

 

古い中國の言葉で「天の時、地の利、人の和」と言うことわざがあるが、まさに今のオークランドがその場所と言える。

 

天の時は北半球のテロやアジアの教育問題、地の利は周囲2千キロにわたって近隣国がなく一番近い豪州でも友好国、その次に近いのは4千キロの南極、資源は羊と牛、まさに1980年代まではすべてにおいて田舎と言うマイナス要素だったNZがインターネットの発達に伴い距離感が変化して、逆にその地政学的観念から観て天の時と地の利を得ているのだ。

 

そして人の和。これは何よりも大事である。大体においてオークランドで起業する日本人や日本企業の失敗例は犬も倒れるワンパターンである。相手を信じすぎるか友達の延長で仕事をするのだが、キーウィは個人的に付き合う時と仕事では全く人間が変わる。

 

そしてキーウィは基本的に英国人であり契約観念は非常に強いが同時に自己責任も明確である。例え仲間と言っても成功すれば俺の実力、失敗すればお前が悪いである。そういう付き合いで長続きする理由はない。成功に偶然はあるが失敗に偶然はない。

 

そして日本人のこの国のビジネススタイルと合わないのが、大体において日本人は相手を使い倒して自分の利益を最大化しようとする点だ。

 

そりゃ日本のようにビジネス社会の裾野が広ければ焼畑農業的にまずこの市場で荒稼ぎして死屍累々とさせておいて次の焼き畑ってのもあるが、オークランドのビジネス社会は実に狭い。皆横でつながっている。

 

だから地元民の利益を無視するようなビジネスモデルは嫌われるし敵を作るしそうなると彼等は団結してガイジンを潰しにかかる。

 

これはもうオークランドのビジネス社会では上も下もなく皆同様な反応を起こす。だからこの街で長く生きていこうと思ったら、如何に地元の取引先と組んで相手に儲かってもらいつつ最終消費者である地元民に「お、こりゃいいな」と感じてもらうかである。

 

どんなに良い商品でも地元の人が価値を見出さなければ売れない。良くある例がシャワートイレである。どれだけ日本人にとって良くてもまだ白人社会では「気持ち悪い」としか理解されていない。

 

またシャワートイレを導入するって事は今までの陶器製のトイレが駆逐されるわけでそれを地元の人々が唯々諾々と受け入れるか?

 

そこで販売店や関係者が十分な利益が取れること、維持補修なので電気屋さんの仕事が増えること、そして最終消費者に商品の良さを知ってもらう為の必要最低限の宣伝が必要である。

 

衣食住に関わるビジネスは北半球から来る場合ビジネスサイズが大きすぎてNZに合わない案件をよく見る。例えば当社の斜め向こうに新しく出来た洋服店TOPSHOPは派手な宣伝で一時期人気を博したが2年で閉店。一番賑やかだったのは開店セールと閉店セールだったと言う、笑うしかないような案件もある。

 

ちっちゃな街にはちっちゃな街なりの戦略がある。一つ目の仕事が皆の利益に成り上手く言って地元人脈が広がればそれが次のビジネスを生み出してくれる。そこでまた皆の利益を優先して仲間を増やせばまた紹介があって次のビジネスに繋がる。

 

これは考えてみれば江戸時代から続く近江商人の三方一両得と同様である。何も難しい事はない、日本が小さな島国だった時代に田舎の一つの地域で長く商売をするためのコツであった。

 

まずは取引先に儲かってもらう。買って貰う人に価値を見出してもらう。そして残ったお金が自分の取分である。逆に言えば今の日本のように自分だけが儲かれば良いってビジネスのやり方や価値観は江戸時代に比較して相当に変化して来た証拠であろう。



tom_eastwind at 20:28│Comments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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